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 高田は必死に否定するが、佐竹がどこかの組に所属しているかどうかは雪矢にとって大きな問題ではなかった。
 違法な闇金業者であれば、その実態はほとんどヤクザのようなものだろう。
 そんな危険極まりない男から金を借りるなんて、とんでもない行為だ。

 この店で初めて自分の淹れるコーヒーを褒めてくれた客に対して抱いている気持ちを裏切られたような、何ともいえない感情に雪矢はキュッと唇を噛み締めた。

 満足げな表情で『美味いな』と呟くあの低音の美声が、ひそかな楽しみになっていたというのに。

「大体、十日で一割の利子だったら最初から借りない方がよっぽどマシじゃないですか。何だってそんな……」

 店とは関係ない借金だと聞いても高田を心配せずにはいられない雪矢に、とりあえずの開店準備を終えた顎ヒゲのオネエ店長は「まあまあ」と笑ってコーヒーを落とし始めた。

 美味しいコーヒーを淹れるためにはまずその味を覚えることだと言って、高田はよく、雪矢のためにドリップの腕を振るってくれる。
 ふんわりと漂う豆の香りにようやく落ち着きを取り戻した雪矢は、高田に勧められるままカウンター席に腰掛け、糸のように細いお湯を操る高田の手をぼんやりと眺めた。

「佐竹さんが今の仕事を始めたきっかけは色々複雑らしくてね、アタシの口からは言えないけど……あんな外見で本当に結構イイ人なのよ」
「いい人は違法金利で金貸しなんてしませんよ」
「厳しいわね、ユキヤちゃん」
「ヤクザは嫌いです」
「本職さんじゃないんだってば」

 よほどマニアックな事情を抱えた者でない限りヤクザが好きという人間もいないと思うが、バッサリと切り捨てる雪矢に困ったような笑顔を見せ、高田はテーブルの上にそっとコーヒーカップを置いた。

「まあ、トイチで借金する人間の事情はそれぞれだろうけど、アタシの場合は確実に返すアテがあって、どうしてもすぐに必要なお金を無担保即金で用立ててもらえるからお願いしてるの」
「何か危ないお金じゃないですよね」

 十日で一割の利子を確実に返せると聞けばあまりいい予感はしないが、高田は細い眉を跳ね上げて、自分の分のコーヒーに口をつけた。

「分かりやすく言えば土地転がしってやつね。このお店は採算度外視の趣味のお店だから、たまに副業でお小遣稼ぎをしてるのよ」
「土地転がし……?」
「価格が上昇するって情報の入った土地を先に押さえて、欲しがってる相手に多少色を付けて売るの。もちろん法外なぼったくりじゃなく、適正価格よ!」

 ヤクザは嫌いだと言い切って不快感を表した雪矢に誤解されないためか、高田は土地の転売がヤクザな商売ではないことを強調して説明する。

「佐竹さんはね、アタシの高校時代の先輩なの」
「えっ!?」

 意外過ぎるその言葉に、どこから驚いていいかも分からず雪矢は顔を上げた。

 佐竹と高田が先輩後輩の関係にあったということ自体も驚きだが、高校時代の先輩ということは、年齢も高田と一、二歳しか変わらないということになる。
 自称永遠の十八歳の高田は確か今年で三十一歳になるはずなので、佐竹は三十二か三十三歳という計算だ。

 存在するだけで周りを圧倒する迫力から三十代後半は固いだろうと勝手に思っていた雪矢だったが、よく考えてみると確かに、佐竹の発する危険なフェロモンは、雄としての発情期から抜け出しつつある年齢のものではないかもしれない。

 佐竹の年齢を実際よりかなり高く見積もっていたことは誰にも言わないでおこうと心の中で誓って、雪矢は香り高い液体を喉の奥に流し込んだ。



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