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「景色が変わってきましたね」
「ああ」

 町が近付いているのだろう。
 視界からはいつの間にか海が消えて、フロントガラスいっぱいに広々とした実り豊かな畑が広がっていた。

 大好きだったあの店は、本当にまだ変わらず同じ場所にあるだろうか。
 父は、今の雪矢の姿を見て、自分の息子だと気付いてくれるだろうか。

 押し寄せる不安の波に、雪矢は膝の上で拳を硬く握りしめた。

「佐竹さん、やっぱり……俺」

 ――遠くから店だけを見て、立ち寄らずに帰ります、と。
 最後まで言い切らないうちに、運転席から伸びてきた温かく大きな手がポンポンと雪矢の頭を軽く叩くように撫でた。

「大丈夫だ、俺がいる」
「!」

 視線を真っすぐ前に向けたまま運転を続ける佐竹の言葉に、雪矢の心臓が大きく跳ね上がった。

「いつもの度胸はどうした? その細い身体でヤクザ相手に暴れ回った男がビビるようなことじゃねえだろ」
「っ、あれは、薬のせいで興奮していたから」
「久しぶりの再会だろうが。もっと堂々と胸を張って親父さんにいい顔を見せてやれ」

 落ち着いた低い声と大きな手の平から伝わってきた温もりが、雪矢の胸をじんわり熱くしていった。

「――そう、ですね」

 何があっても、大丈夫。
 佐竹が一緒にいてくれる。

 それだけのことが、今の雪矢には何よりも心強かった。

「久しぶりに会うんだから、立派に成長したところを見せなきゃ」
「ああ」
「驚くだろうな、父さん……。やっぱり先に連絡しておけばよかった」

 ギリギリまで直接会う決心が固まらず、あらかじめ連絡して大袈裟なことにしたくなかったため、もし気付いてもらえなかったらフラリと立ち寄った客を装ってコーヒーだけ飲んで帰るつもりでいたのだが。

 今は再婚して双子の息子達がいるという父のことを考えると、事前の連絡なしに訪問するのはやはり非常識で、今さらながら気が引けてしまう。

「駄目だなぁ、俺」

 ため息をついて考え込む雪矢をリラックスさせるように大きな手で柔らかい髪の毛を撫でて乱し、佐竹は微かに喉を震わせて笑った。

「息子との再会はともかく、俺が後ろに立っていることには驚くかもしれねえな」
「……確かに。相当驚くでしょうね」

 初めて佐竹と出会ったときは、雪矢も相当驚いて動揺したものだ。
 平和な田舎町に住む父にとって、どう好意的に捉えても極道にしか見えない佐竹の訪問は、かなりの衝撃かもしれない。

「ヤクザと間違えられて警察を呼ばれたりしたらしっかり俺の身元を保証してくれ」
「違法利率で金融業を営むトイチの金貸しですって、保証しても大丈夫なんでしょうか」
「俺を塀の中にぶち込む気か」

 冗談なのか本気なのか、微妙に現実味のある佐竹の発言に、雪矢は声をあげて笑った。

 佐竹が、好きだ。

 一緒にいる時間が長くなればなるほど、そんな気持ちが強くなっていく。

「佐竹さん」
「ん?」
「俺、佐竹さんが塀の中にお務めに入るようなことがあっても、ずっと待ってますから」
「それは……礼を言うべきなのか何なのか、返答に困るな」

 本当は、伝えたいことはそんなことではなかったのだが。

 沸き上がる気持ちを言葉に表すことができなくて、懐かしい町に車が到着するまでの間、雪矢は運転席に座る男の精悍な横顔をじっと見つめていたのだった。




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