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 きっかけは、高田がくれた有給休暇だった。

 佐竹の出入り禁止を解除してもらおうと開店前の『KARES』に佐竹と二人で出勤した雪矢に、高田がこう切り出したのだ。

『アタシのことでユキヤちゃんには本当に迷惑をかけちゃったし……色々あって疲れたでしょ。お休みをあげるから、ちょっぴりドライブとか遠出でもして羽根を伸ばしてきたらいいんじゃない?』

 ドライブと言われても雪矢は自分の車を持っていないうえ、自動車学校を出て以来一度も運転をしたことがないペーパードライバーである。

 これはもしかして遠回しに佐竹との関係を認め、二人でドライブ旅行にでも行ってこいという高田なりの気遣いなのだろうか。

 再びカウンター席に座ることを許され、雪矢の淹れたコーヒーを飲んでいた佐竹の顔をチラッと窺うと、佐竹も今の言葉を意外に思ったのか、真意を探る表情でキッチンに立つ高田を見上げていた。

『べ、別に、アタシは二人のことを認めたワケじゃないのよ! アタシのいない間にお店の大切なスタッフに手を出したことはまだ怒ってるし、大体ユキヤちゃんくらい可愛い子だったらもっとイイ男と付き合えるのに勿体ないじゃない』
『……付き合う相手は“男”が前提なんですね』
『ユキヤちゃん、佐竹さんに泣かされたらアタシに言うのよ! 佐竹さんも……ユキヤちゃんを幸せにしなかったら、許さないんだから!』

 たった数日の有給休暇を言い渡すのに、これではまるで娘を嫁に出す母親だ。

 予想外の展開にどう対応していいのか分からずうろたえる雪矢の前で、佐竹は涙ぐむ高田を笑うことなく、真っ直ぐに真剣な瞳を向けて言い切った。

『――ああ、大切にする』
『佐竹さん……!』
『絶対よ! 男とオカマの約束なんですからねっ』


○●○


 男とオカマの約束が男同士の約束とどう違うのかはよく分からないが。
 こうして、有給休暇をもらった雪矢が佐竹との初めてのドライブ旅行の行き先として選んだのが、自分の生まれ育った小さな田舎町だったのだ。

 観光地という訳でもなく、ただのんびりとした静かな町。

 今まで逃げるように避けていたその町に行こうと思ったのは、やはり佐竹の存在があったからだろう。

「お前のルーツになった親父さんの店を、いつか見てみたいな」

 ――と。
 いつものように逞しい腕に抱かれて眠りに落ちる寸前、甘いバリトンで囁かれた言葉に、雪矢の中でじわじわと熱い気持ちが込み上げてきた。

 佐竹に、自分がずっと帰りたいと思っていた懐かしい場所を見せたい。
 大好きだった『この葉』を見てもらいたい。

 そんな気持ちで有給休暇を利用したドライブ旅行を提案すると、佐竹は雪矢が予想した以上に喜んでくれたのだ。

「あ、看板……!」
「しばらくこの道を真っ直ぐだな」

 落ち着かない気持ちで道の先を見つめる雪矢の様子に気付いていても、いつも通りに接してくれるのは佐竹なりの気遣いなのだろう。

「子供の頃はものすごく遠い気がしていたのに……意外に近かったんですね」

 自分の生まれ育った故郷が近付くにつれ、鼓動も速まっていく。

 両親の離婚以来、雪矢は一度も父親の暮らす町を訪れたことはない。
 行くことができないほど遠くにあると思っていた故郷は、実はそれほど遠くもなく、ちょっとしたドライブ旅にちょうど良い程度の距離にあったということを、雪矢は大人になって初めて知ったのだった。



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