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○●○


「綺麗ですね、海」

 抜けるような青空の下。
 海岸沿いの道を走る黒塗りの外車の窓から外を眺めて、雪矢は運転席でハンドルを握る恋人に声をかけた。

「もう少し時期をずらせば、紅葉も見られたんだがな」
「紅葉一歩手前の山もいいですよ」

 右手には一面に広がる青い海。
 そして、左側には山が連なり深い緑の木々がどこまでも生い茂っている。

「リョウ君が来たがっていたし、また紅葉の時期に皆で来ましょうか」

 出発前、無理矢理車に乗り込もうとして後ろから伍代に締め上げられていた良二の姿を思い出して雪矢が微かに笑うと、佐竹は顔を前に向けたまま面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「俺と二人のドライブは不満か」
「そんなことは言ってませんってば!」

 むしろ、こうして佐竹と二人きりで車に乗っているだけで、雪矢の胸は甘い幸福感に満たされているというのに。

「佐竹さん、チョコか何か食べます?」
「いらねえ。口の中が甘ったるくなるだけだ」

 若干機嫌を損ねてしまった恋人を宥めようと甘い物を勧めて玉砕した雪矢に、佐竹は笑って言葉を続けた。

「帰ってからコーヒーと一緒に出してくれ」
「……はい!」



 雪矢がチンピラ連中にさらわれ、無事に助け出されて佐竹とお互いの想いを確かめあってからひと月。
 備木仁会では新理事長の襲名が行われ、その新理事長が渠龍組の若頭である伍代の双子の兄と兄弟盃を交わす手筈が整っているらしかった。

 極道界の事情に疎い雪矢がそんな話を聞かされたところでそれが何を意味するのかよく分からなかったが、この盃外交で渠龍組と備木仁会の争いが納まるのであれば一般市民としては喜ばしいことだ。

 雪矢と共にチンピラ連中に囲まれて足を負傷した良二は、自分がついていながら雪矢が連れ去られてしまったことを反省してしばらくしょげていたが、何だかんだと良二を可愛がっている佐竹と伍代にいじられて元気を取り戻し、怪我が完治した最近は以前にも増して頻繁に『KARES』に通い、雪矢の淹れるカフェオレを飲んでいる。

 今日も、運転手役を勤めたいと佐竹相手に最後まで粘っていたのだが、気を利かせた伍代に力技で負けて結局留守番に回されてしまったようだ。

「――何か、緊張しちゃいます」

 流れる景色を眺めながら雪矢がポツリと呟いた言葉に、佐竹は何も返さず、ただ微かに凛々しい眉を跳ね上げた。

「本当にもう、十年以上見ていないから。町並みも変わってるでしょうし……店も、記憶のままかどうか分からないですよね」

 さっきから言葉が多くなるのは、話すことで少しでも緊張を和らげたいからだ。

「今もちゃんとあの場所にあるのかな……『この葉』」

 海沿いの道を走る車は、雪矢の生まれ育った小さな町へと向かっていた。



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