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「君が遠山君か。不肖の弟のせいで危ない目に合わせてすまなかった」
「いえ、あの」
「その精力絶倫な野獣の兄、龍崎和己だ。よろしく」
「はあ……。よろしく、お願いします」

 何が何だか分からないまま、とりあえず頭を下げる雪矢の身体をタオルケットごと抱きしめて、佐竹が不機嫌そうに「よろしくしなくていい」と呟く。

 突然の佐竹兄登場と、二人に見える伍代に混乱し、更には自分がいかにも“今までヤッていました”と言わんばかりの格好で佐竹の腕に抱かれている状況にうろたえる雪矢の様子を、龍崎は面白そうに眺めて笑った。

「君の話は和鷹から聞いていたが……可愛い子猫のような顔をして、意外に獰猛な雄豹だったみたいだな」
「えっ?」
「江呂田の急所を蹴り潰して危機を脱したらしいじゃないか。アレは備木仁会の中でもああいった汚れ仕事を担当する気の荒い男だったんだが。あの人数のヤクザ相手に、大した度胸だ」

 雪矢に対して興味津々といった様子の龍崎に対して、兄弟だからなのか、佐竹は遠慮なく牙を剥く。

「わざわざそんな話をしに来たのか。用がねえなら帰れよ、今から一発ヤる邪魔をする気か」
「もう何もしませんよ! 何言ってるんですか」

 男同士で身体を見られること自体は別に恥ずかしくも何ともないが、ヤるヤらないという話を、佐竹の兄に聞かれるのはいたたまれない。
 慌てて佐竹の発言を否定する雪矢と不満げな顔を見せる佐竹のかけ合いに、龍崎はエリート然とした端正な顔立ちを崩して笑い出し、ひとしきり笑った後で、後ろに立っていた二人の伍代のうちの一人に合図して懐から書類のような物を取り出させた。

「――ついさっき、割杉に破門状が出た」
「そうか……」
「裏帳簿もマズかったが、大陸系の奴らと組んで御法度のヤクに手を出したのが決定打だったみたいだな」
「俺には関係ねえ話だ」

 破門状、という言葉は、裏社会の事情に詳しくない雪矢でも聞いたことがある。
 佐竹が備木仁会の理事長に裏帳簿と麻薬取引の情報を入れたことで、先ほどのチンピラ連中に雪矢をさらうよう指示していた割杉という男が、極道の世界で社会的に抹殺されてしまったということなのだろう。

「現理事長は、今回の一件で引退を決めたらしい」

 龍崎は淡々とヤクザ界の事情を説明し続けるが、そんなことよりも、龍崎の後ろに控える二人の伍代の存在の方が雪矢にはよっぽど気になった。

「ウチの顔を立てることでお前への借りを返すつもりなのかは分からないが、新理事長には穏健派の冴木一虎を置くという話だ」
「冴木? 随分若い理事長を立てるんだな」
「ああ。その冴木が浩介と盃を交わすことで手打ちの段取りが整ったから、こうして礼を言いにきたんだが……お前も相当お盛んだな」
「いいところを邪魔しておいて、礼もクソもあるか」

 色々な名前が出てきても、雪矢にはヤクザの業界事情は分からない。

 ただ、浩介という名前が出たときに、龍崎の後ろに二人並んで立っていた伍代のうちの片方が佐竹に対して頭を下げたのが気になって、雪矢はもう一度その名前を口にした。

「こうすけ……?」

 長い睫毛を上下に震わせてパチパチッと瞬きをする雪矢に、佐竹に頭を下げた方の伍代ではない伍代が、どう説明したものかと困り顔で口を開く。

「浩介は私の双子の兄で、渠龍組の若頭を務めています」
「んん?」
「つまり、私が秘書として佐竹社長に仕え、兄の浩介は若頭として龍崎組長に仕えているんです」
「??」

 クスリがまだ残っているせいなのか、伍代の説明はまったく頭に入ってこない。

「ええと……」

 混乱を極めた頭で言われたことを何となく整理して、雪矢は大きな目を更に見開いて二人の伍代を見つめた。

「ええっ! 伍代さん、双子だったんですか!」

 これはもう、自分がさらわれて危ない目にあったこと以上の衝撃と言ってもいい。

 純粋に驚きの表情を見せる雪矢に龍崎は再び笑い出し、最終的には、いつまでも笑いのツボにハマッて部屋を出ようとしない兄に痺れをきらした佐竹が、伍代兄弟に命じて龍崎を部屋の外へと連れ出させたのであった。




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