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○●○


 ――恥ずかしい。

 穴があったら入りたいというのは、まさに今の雪矢の心境を言うのだろう。

「身体は大丈夫か」

 目を開けた瞬間、雪矢の顔を覗きこむ佐竹の心配そうな瞳が視界に入ってきて、雪矢はようやく、自分が一瞬意識を失っていたことに気がついた。

「だいじょ、ぶ……です」
「ひどい声だ。まだクスリが残っているんじゃねえだろうな……クソッ、あいつらをサメの餌にでもしてやればよかった」
「ほ、本当にもう大丈夫ですから」

 自分を腕の中に抱いて甘やかしながら何やらとんでもなく物騒なことを言う佐竹にぶるぶると首を振って、雪矢は顔を覗きこむ視線から逃れるようにその胸に顔を埋めた。

 声がひどいのは、ひっきりなしに淫らな喘ぎ声を零し続けたからだ。
 佐竹の上に跨って自ら腰を振っていた自分の姿を思い出しただけで、全身が発火するんじゃないかと思うほど熱くなる。

 薬を飲まされていたとはいえ、どちらかというと性的なことには淡白だと思っていた自分の中にあれほど激しいオスの欲求が秘められていたことに、雪矢は何とも言えない羞恥と戸惑いを感じていた。

「お前からあの電話がかかってきた時……心臓が止まるんじゃねえかと思った」
「佐竹さん」

 身体を抱きしめる腕に力がこもり、佐竹がどれだけ雪矢の身を心配していたかが伝わってくる。

「最初は俺好みの顔をした坊やをちょっとからかって味見してやるだけのつもりだったのに、ここまで本気で惚れちまうなんてな」

 低く、落ち着いた甘いバリトンで紡がれる言葉に、雪矢はうっとりと目を閉じて身体を佐竹に預けた。

 ずっと、この腕の中に帰って来たかったのだ。

 両親の離婚以来迷子になっていた心が、ようやく落ち着ける場所を見つけた気がする。

 そんな気持ちに胸が一杯になって、更に身体を密着させて甘えると、佐竹の逞しい身体が一瞬強張って頭上から困ったような声が降ってきた。

「おい、雪矢」
「んん」
「せっかく今夜はもう寝かせてやろうと思っているのに、煽るな」
「もう少し、こうやってくっついていたいんです」

 反応に困って硬直する佐竹の身体の中で、雄の力を示す一箇所だけが変化して再び存在感を増してきている。
 あれだけ激しい行為の後でまだこんな力が残っているなんて、佐竹の精力と体力は一体どうなっているんだろう。

「もう一回、食っちまうぞ」
「そういう元気はありません」
「……」

 小悪魔め、と唸った佐竹が雪矢の腰に回していた手の位置をずらして柔らかな尻の感触を確かめるように揉み始め、「駄目ですってば」と笑う雪矢の唇を甘いキスで塞いでしまう。

 寝室に再び漂い始めた甘い空気をぶち壊したのは、突然耳に飛び込んできた聞き慣れない男の声だった。

「取り込み中悪いが、邪魔するぞ」
「――っ!?」

 まさか、先ほどの男たちの仲間が報復に現れたのでは……と警戒して跳ね起きようとした雪矢の身体を押さえ込むように抱いたまま、佐竹が顔を上げもせずにうんざりとした口調で呟く。

「本当に邪魔だぞ、兄貴」
「あに、き?」

 佐竹の腹違いの兄が渠龍組の現組長だという話は、三上から聞いている。

 その兄が、何故ここに。

「え? ええっ!?」

 事情が飲み込めないまま佐竹の肩越しに恐る恐る寝室の入り口に立つ男を窺って、雪矢の頭は更に混乱を極めた。

 眼光の鋭さだけを見れば佐竹と似ていると言えないこともないかもしれないが、初めて会った時からVシネマに出てくる極道の幹部にしか見えなかった佐竹と比べて、ドアの前に立つ男はヤクザの組長というより、一流商社に勤めるエリートビジネスマンといった風貌である。

 野獣めいた雄のフェロモンを感じさせる佐竹とは違い、細身のビジネススーツに身を包みノンフレームの眼鏡をかけたその男の顔は、精悍というより端整な造りで、とても佐竹より年上だとは思えない。

 何より雪矢の頭を混乱の渦に突っ込んだのは、佐竹の兄だという男の後ろに立つ、伍代の存在だった。

「んん……?」

 どう見ても、伍代が二人並んで立っているように見える。
 それなのに、伍代が増えていることについて、佐竹も佐竹の兄も何も言わない。

 抜けたと思っていたクスリがまだ効いているのか、それとも一時的な疲労で目がおかしくなっているのか。

 佐竹の腕に抱かれたままショボショボと目をこする雪矢を見て、男は整った顔に柔らかな笑みを浮かべた。




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