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初めて顔を合わせたその日以降、佐竹は頻繁に『KARES』を訪れて雪矢の淹れるコーヒーを飲んでいくようになった。
豆の量を増やして少し濃く淹れたブレンドコーヒーに、砂糖とミルクはなし。
佐竹の好みを覚えた雪矢がゆっくりと豆を蒸らして香り高い液体を落としていく様子を、カウンター席の男は興味深そうにじっと見つめ、煙を燻らせる。
出されたコーヒーを飲み干し、二本目の煙草を吸い終わると「美味かった」と一言残してテーブルの上に千円札を一枚置き、釣り銭も受け取らずに帰っていくのだ。
「すっかり気に入られちゃったわね、ユキヤちゃん」
今まで佐竹が来店するのは月に二〜三度で来店時間もバータイムの閉店ぎりぎりと決まっていたのに、雪矢と会ってからはカフェタイムの常連といってもいいペースで通い詰めている。
そう言って笑い、高田はいつも佐竹のお釣り分の小銭を「これはユキヤちゃんのチップ」と渡してくれた。
海外旅行の経験がない雪矢にはチップという概念はよく分からないが、毎回自分だけお小遣いを受け取るのは心苦しく、かと言って佐竹に対して「受け取れません」と伝えることも出来ないので、佐竹からのチップはピクルスの空き瓶に入れて貯めてある。
まとまった金額になったらスタッフ皆で食べられるお菓子を買って、佐竹にも、コーヒーと一緒に出してお礼の気持ちを伝えようと思っていた。
高田のコーヒー目当てに集まる客がほとんどのこの店で、初めて自分に客がついてくれたのは嬉しい。
どこか危険な空気をまとった男に対する警戒心はまだ消えないが、いつの間にか雪矢は佐竹の来店を心待ちにするようになっていた。
――が。
何と言っても気になるのは、佐竹と高田の関係である。
ただコーヒーを飲むためだけに訪れることもある佐竹だが、たまにスタッフルームで高田と何かを話していくこともある。
そんな時は決まって、ゴツいジュラルミンケースを手にした金庫番の伍代も同伴しているのだ。
いくら人生経験の浅い新米カフェスタッフでも、スタッフルームで何が話されているのかは簡単に想像できた。
「高田店長」
「なぁに?」
「お店の経営、苦しいんですか」
「えっ!?」
開店前の店内で、イーゼルに本日のオススメメニューを書きながら、雪矢はかねてからの疑問を思いきって高田にぶつけてみた。
雇われている身でこんなことを聞くのもどうかと思ったが、店の経営が苦しいのに雪矢を雇い入れてくれて、それが原因で状況が悪化しているのかと思うと、聞かずにはいられなかったのだ。
「俺、無理矢理押しかけて雇っていただいた身ですし、半人前で店に迷惑ばかりかけてますからお給料は今より少なくていいです。でも、このままここで働かせていただきたいんです」
「と、突然どうしたの、ユキヤちゃん」
「すみません、俺みたいな新人スタッフが聞いていいことじゃないとは思ったんですけど……。もしかしたら店長、佐竹さんからお金を借りてるのかなって、気になって」
「ああ、そのことね。びっくりした〜」
豆の在庫を確認していた手を止め、高田はずり落ちた眼鏡を元の位置に戻して笑った。
「確かに佐竹さんからお金は借りているけど、アレはお店とは全然関係ない話だから。心配しなくて大丈夫よ」
店とは関係のない借金。
そう聞いて「よかった!」と安心できるほど雪矢は単純ではない。
何とも言えない不安げな表情で高田を見つめると、顎ヒゲが自慢のオネエ店長は何かを考えるように少し間を置いた後で口を開いた。
「借金っていってもカレスーローンからじゃなくて、佐竹さん個人から借りてるの」
「佐竹さん個人、ですか……?」
「そう。裏商売って言うのかしらね。佐竹さん、会社とは別にトイチで金貸しをしてるのよ。この辺りでは顔役っていうのかしら、夜の街の有名人なの」
トイチ、と聞いてもピンとこない雪矢のために、高田が補足で説明を加える。
「トイチってのは、十日で一割の利子って意味ね」
「と、十日で一割って! 思いきり違法利率じゃないですか!」
「だから裏稼業なのよ」
佐竹のことを、ちょっと顔が怖いだけのヤクザっぽい一般人だと思っていたイメージが、ガラガラと崩れ去る。
トイチの金貸し。
どう頑張っても好意的に解釈しようのない、ヤクザな商売だ。
「やっぱり佐竹さんって……そっちの人だったんですね」
「や、でも、あのっ。商売柄そっち系の付き合いは多いと思うけど、佐竹さん自身はどこかの団体の構成員って訳じゃないのよ」
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