7


 一度気付いてしまえばもう、佐竹が好きだという気持ちを止めることはできない。

 近付いてきた唇との距離を縮めたくて、雪矢は背伸びしてそっと瞳を閉じる。
 ――が、甘いキスが降ってくる前に、耳障りな声が雪矢の耳に飛び込んできたのだった。

「ふ……ざけるんじゃねえぞコラ佐竹!」

 苦しげな呼吸音混じりのかすれ声に、ふと倉庫の入口に目を向けると、リーダー格らしき背の高い男……と思われる人物が、顔の原形も分からない程ボロボロになってフラつきながら壁に寄り掛かって立っている。

 男の絵に描いたようなボロ雑巾っぷりに、雪矢は逞しい腕の中にすっぽりと収まった身体を縮めて不安げに佐竹の顔を見上げた。

「てめ、俺らをこんな目に合わせといてそのやんちゃ坊主とイチャイチャしやがって!」
「あんなにたくさん殴って……佐竹さん、手は大丈夫ですか。痛くなっちゃったんじゃないですか」
「別にたいしたことはしてねえからな、大丈夫だ」
「よかった!」
「――俺を無視してイチャつくんじゃねえっ!」

 お互いの想いが通じ合ったことを一秒でも早く確かめたい雪矢だったが、どうやらこの男は佐竹の腕に雪矢の身体が収まっている状況がとことん気に入らないらしい。

「佐竹よぉ、てめぇこんなコトしてタダで済むと思うなよ」

 情けない顔で鼻血を垂らしながら三流のチンピラとしか思えない台詞を口にする男の姿からは“タダでは済まない”感じがまったく伝わってこない。

 それでも、一応相手がヤクザだということを考えると今後佐竹の身に何かよくないことが起こってしまうのかもしれないと、雪矢はこっそり拳を固め、男が少しでも妙な動きを見せたら潰れかけたその顔に正拳を叩き込んでやろうと身構えた。

「俺らを敵に回したからにはもう割杉さんが黙っちゃいねえぞ」
「あ、自分達の力じゃ普通に勝てないから、上の人の名前を借りようっていうパターンなんだ……」

 雪矢がポツリと呟いた言葉が図星だったのか、ボロ雑巾の顔を引き攣らせて男が叫ぶ。

「うるせえぞクソガキ! テメーもタダじゃ済まねえからな!」

 その言葉に反応して、雪矢の姿を隠すように逞しい腕で力強く身体を抱きしめると、佐竹は男に不敵な笑みを向けた。

「割杉にそこまでの力があるとは思えねえな」
「何だと!?」

 腕の中の身体を愛おしげに抱いて、優しく髪を撫でるトイチの金貸しの顔を、雪矢はじっと見つめる。
 薬の効果が強くなっているせいなのか、緊迫した場面にも関わらず、雪矢の身体は佐竹の放つ強烈な雄の色気に反応して熱く疼き始めていた。

「割杉が経営しているフロント企業のいくつかを調べてみたんだが、業績の割に最近は随分羽振りがいいようだな」
「か、関係ねえだろうが、そんなことは!」
「――割杉の野郎が組に隠れて、大陸系の奴らと裏でクスリの取引をしてるのは分かってるんだよ。備木仁会でもヤクは御法度だろうが」
「!」
「しかも、裏帳簿を作って組に入れる金をごまかしているな」
「な……な、何を……」

 裏社会の事情を知らない雪矢にも、この状況が佐竹にとって圧倒的に有利なものであることだけは分かった。

「舐めてもらっちゃ困る、俺は金のプロだ」

 こういった世界で生き抜くために必要なのは、金と力。
 そして情報なのだ。

 佐竹という男は、それらすべてを兼ね備えている。
 だから今まで、フリーの金貸しという立場で仕事を続けていられたのだ。

「クスリと裏帳簿のことも含めて、この件は備木仁会の会長に伝えておいた。今日明日中にも処分があるだろう」

 処分と聞いて、男はボロ雑巾の顔を青ざめさせ、その場にへたりこんだ。

「そんな……馬鹿な」
「自業自得だ。――行くぞ、伍代」

 雪矢の身体を抱いたまま車に戻ろうとする佐竹に、忠実な秘書は黙って車のキーだけを手渡した。

「どうした」

 自分で運転しろということなのかと訝しげにキーを見つめる上司に、極道顔の秘書が表情を緩めて首を振る。

「私と古森さんは別の車を呼んで帰ります。社長は、雪矢さんの身体からクスリが抜けるまで側にいた方がいいでしょう」
「クスリはまだ抜けねえのか」
「シマの悪ガキ共の話では中毒性はないようですから、少しの間様子を見るだけで十分でしょう」

 そんな二人の会話が、今は遠い。

 雪矢は身体の奥から沸き上がる甘い疼きと熱を持て余し、「大丈夫かい?」と尋ねる古森の言葉に頷いて、佐竹の胸に顔を埋めたのだった。



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