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 胸の中に飛び込んできた雪矢の身体を抱きしめるべきか否かをぐるぐると考えているらしく、佐竹の腕が落ち着きなく宙をさ迷っているのが分かる。

 何しろ二人のすぐ横では、仕事以外のことは徹底して見ない振りを貫く優秀な秘書だけではなく、学生時代の悪友までもが並んでこの状況を興味深げに見守っていて、しかも、一応適当に片付けたとはいえ倉庫内にはまだ備木仁会の組員達が転がっているのだ。

 そんな状況で雪矢の方からキスを仕掛けられるという予想外の事態に固まる佐竹の身体を更に引き寄せ、雪矢はもっと深いキスをねだって拙い技巧で唇の間に舌を差し入れた。

「んん……っ」

 この下手くそなキスで、少しでも佐竹が感じてくれればいい。
 自分の熱が、佐竹に伝わればいい。

 そんな気持ちを込めて必死に熱い口内を探り、慣れない動きで恐る恐る舌を絡めてみる。

「ふ、は」
「――クソッ!」

 ずっと雪矢に触れられずに飢えていた状態でここまでされれば、さすがに佐竹も雄の本能を抑えられなくなるというものだ。

「あ……ん、んッ!」

 ギリギリの位置で止まっていた腕が腰に回され、ぴったりと下半身を密着させるように雪矢の身体を引き寄せると、おあずけを解かれた野獣は噛み付くようなキスを返し、荒々しく雪矢の唇を味わい始めたのだった。

「んん、ん……っ」
「佐竹を襲うなんて、雪矢くんもやるなー」

 普段の雪矢なら古森の感心する声で我に返って羞恥に悶えるところだが、今は周りの視線も声もまったく気にならない。

 ただ、佐竹だけが欲しい。

 激しいキスに応えながら。
 雪矢はようやく、自分はこの男に恋をしているのだと気付いたのだった。

 自分と同じ男だと分かっていてもキスをしたくなるのは、佐竹だけだ。
 他の男に触られても気持ち悪いだけの身体をこんな風に熱くしてくれるのは、佐竹しかいない。

「佐竹、さん」

 離れていく唇を名残惜しげに見つめる雪矢の潤んだ瞳を見下ろして、佐竹は低く掠れた声で囁いた。

「――借金の話は片付いたんだ。もう、お前にこんなことはしねえって言っただろうが」
「俺が佐竹さんにするのは、いいんです」

 雪矢本人にもどういう理屈かよく分からないが、甘えるようにスーツの襟を握ったままキッパリとそう言い切った瞬間、後ろから古森の笑い声が聞こえてきた。

「完敗だな、佐竹」
「うるせえ」
「雪矢くん相手につまんねー意地を張っても仕方ないだろ。昔と違って今のお前には大切なモンを守る力があるんだ、腹を括れよ」

 学生時代の佐竹には何の力もなく、それぞれに就職を控えた友人達を守るためには自ら離れることしかできなかったのかもしれない。
 でも今の佐竹には、古森が言うように力がある。
 もう、周りの人間を巻き込むのではないかと臆病になる必要はないのだ。

 ようやく自分の気持ちに気付いた雪矢は、古森の言葉に覚悟を決めて、佐竹の瞳を真っすぐに見つめた。

「今回は佐竹さんに助けてもらったから、今度は俺が佐竹さんを守ります」

 切れ長の目が大きく見開かれたのを見て、雪矢が「俺だって男ですから」とひと言付け加えると、トイチの金貸しの顔に極上の甘い笑みが広がった。

「知っている、お前は最高にイイ男だ」



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