5


 男臭さの中に人懐っこさを感じさせる古森の笑顔に、雪矢もつられて笑ってしまう。

 一度は佐竹から離れてしまった古森がもう一度親友として佐竹のもとに戻り、こうして力になってくれたことが、何よりも嬉しい。
 ヤクザ絡みのトラブルに誰かを巻き込んだりしないよう、親しい人間を遠ざけて生きてきた不器用なトイチの金貸しのことを思うと、雪矢の胸はじんわりと熱くなった。

「佐竹さんと、早く仲直りできるといいですね」
「別に喧嘩をしてた訳じゃないんだけどな。アイツが頑固なだけで」

 倉庫内から聞こえる蛙の潰れたような声をバックに、二人の間にはほのぼのとした空気が漂っていた。

「雪矢さん、手当てをするので手を上げて下さい」
「あ、はい。お願いします」

 手当てに必要な物を抱えて戻ってきた伍代が手際よく雪矢の右手を持ち上げて応急処置を始める。

 佐竹の右腕を務める男の厳つい極道顔をぼんやりと眺めながら、雪矢は聞き忘れていたことをぽつりと口にした。

「伍代さん」
「消毒液が染みますか」
「いえ、そうじゃなくて。さっき佐竹さんが持ってた、銃っぽいあれは何ですか」
「……」

 あの時暗闇に響いた、撃鉄を起こす無機質な音。
 入り口に立っていた男の頭に突きつけられていたモノは、素人目に見ても拳銃にしか見えなかった。

 まさか本物ではないと思いつつ、漂う緊迫感が普通ではなかったので気になっていたのだ。

 雪矢が子供のように大きな目をぱちぱちと瞬かせて尋ねると、伍代は傷口を消毒していた手を一瞬止めてあからさまに目を逸らした。

「あれは……玩具のようなものです」
「“ようなもの”ってことは、玩具じゃ、ないんですよね」
「……」

 厳つい顔がぎこちなく逸らされて、伍代の目が怪しく泳ぐ。
 古森は少し離れた場所に立って倉庫内の戦況をこっそりと窺い、完全に聞こえないフリを決め込んでいた。

「本物なんですか!」
「本物のような、玩具のような……。何も見なかったことにしていただけるとありがたいです」

 だとすれば、男のこめかみに銃口を突き付けていたさっきの場面はかなり危険な状態だったのだ。

 一気に血の気が引いて青ざめる雪矢を宥めるように、ヤクザ顔の秘書は佐竹のフォローを始めていた。

「もちろん、普段からああいった物を持ち歩いている訳ではありません」
「そんなの、当たり前です!」
「雪矢さんの身に万が一のことがあったら奴らと刺し違える覚悟があってのことですから。あまり社長を責めないで下さい」
「そんな……」

 そう言われてみれば、抱き寄せられた腕の中で感じた佐竹の鼓動は速く、温かく大きな手は、雪矢の無事を確かめるように何度も髪や頬を撫でていた。

 佐竹がそんなにも自分のことを心配してくれていたのかと思うと、今すぐあの大きな胸に飛び込みたい衝動が沸き上がって。
 雪矢は、包帯が巻かれたばかりの手をギュッと握り締めた。

 見ず知らずの男に触られた時には不快感しか覚えなかった身体が、佐竹に触れられると熱くなる。
 あの逞しい腕の中にいるだけで、安心できる。

 こういう気持ちを、何と呼ぶのだろう。


 すぐに出そうでなかなか出ない答えに雪矢が戸惑っている間に、激しい肉弾戦の音とうめき声が止んで、夜の港に静寂が訪れた。

「佐竹さん!」

 埃っぽい倉庫の闇から、いつもは隙なく着込んでいるダークスーツを着崩し、前髪を僅かに乱した佐竹が姿を現す。

「――身体はどうだ、大丈夫か」

 殺気立っていた表情を緩めた佐竹が身体を屈めて顔を覗き込んできた瞬間。

「っ、おい!……!」

 雪矢は沸き上がってきた衝動のまま佐竹の胸に飛び込み、ねだるように両手で顔を引き寄せて、乾いた唇に自分の唇を重ね合わせていた。



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