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 逞しい胸に顔を埋めると規則正しい鼓動が自分のものと重なり、身体を抱きしめる腕に力が入る。

 佐竹の腕の中にいるだけで、帰るべき場所にたどり着いた安心感が雪矢を包み込んでいた。

 ずっと、この腕を待っていた。
 こうやって、抱きしめられたかった。

「佐竹さん……!」
「遅くなって悪かった。怪我はねえか」

 久しぶりに聞く甘い美声と心地よい温もりが嬉しくて逞しい腕の中でうっとりと甘やかされていた雪矢は、怪我と聞いて思い出したように右手を上げ、負傷した手の甲を佐竹に見せた。

 怪我をした子供が親に傷口を見せるときのような無邪気な動作に、裏社会で闇金の帝王と呼ばれる男の顔が憤怒の形相になる。

「おい」

 妙に熱っぽく潤んだ目と苦しげな呼吸音から雪矢の異変を察知した佐竹は、地を這う重低音で、アスファルトの上に転がる男たちに尋ねた。

「てめえら……コイツに何をしやがった」

 その鋭い視線だけで射殺されそうな恐怖に震えながらも、雪矢の裏拳によって顔面を鼻血まみれにした男は半分裏返った声で突っ込みを入れる。

「てめ、状況見てモノ言えやコラ! どう見てもひどい目に合ってるのは俺らの方だろうが!」

 その声に、隣で股間を押さえてうずくまっていた男が続いた。

「そうだ! 俺とアニキなんてソイツに金玉を潰されかかったんだぞ!」
「言っとくけどな、その手は俺らがやったんじゃなくてその坊主が情け容赦ねえ裏拳をかましたときに自分でケガしやがったんだからなっ」

 あまりに無様で情けない突っ込みに、今さら冷静になった佐竹が片眉を跳ね上げ、腕の中の雪矢と苦しげに呻く三人の男たちを見比べる。

 雪矢は悪びれもせず、事実だけを端的に告げてやった。

「面白い映像を撮影して佐竹さんに見せたいって言うから、協力しただけです」
「――面白い映像、だと?」

 見る者を射抜く鋭い獣の眼差しは、小太りの男が手にしているカメラを捉え、ギラリと光る。

「ひっ! あああの、俺はアニキに言われたんで仕方なく!」

 何か薬を飲まされているのか、普段とは違った様子の雪矢と、刃物で前を切り裂かれたようなシャツ。そしてカメラ。

 もし佐竹の到着があと少し遅ければ、男たちが人質である雪矢に不埒な真似を働いてそれを撮影しようと考えていたことは明らかだった。

「なるほど……。だったら俺も協力してやろうじゃねえか」

 殺気を孕んだ恐ろしい声でそう言うと、佐竹は脱いだジャケットをそっと雪矢の肩にかけ、伍代に「水を飲ませてやれ」とだけ指示して身体を離した。

 入り口に立っていた一人は佐竹によってノックアウトさせられていて、残ったのはようやく雪矢に与えられたダメージから回復しつつある男たちと弱気そうな小太りの撮影係に、表で見張り役をしていた屈強そうな男たちが三人。
 いくら腕に自信があったとしても、佐竹にとってあまり有利とは言えない状況だろう。

「伍代さん、佐竹さんが……っ」

 離れてしまった温もりを寂しく思いつつ、不安げに佐竹の背中を見つめる雪矢に伍代は「大丈夫ですよ」と笑って雪矢を促し、倉庫の外へと連れ出した。



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