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 両腕を二人掛かりで押さえつけられ、何とか拘束から逃れようともがく雪矢の姿を満足げに見下ろして、リーダー格の男が気持ちの悪い笑みを浮かべる。

 男は「おい、しっかり撮れよ」と嫌々カメラマン役を務めさせられている小太りの下っ端組員に注文をつけ、いやらしく笑いながらその手を乳首へと近付けてきた。

「やだ、さわるなっ」

 嫌悪のあまり、全身の血が沸騰して逆流するような感覚が雪矢を襲う。

「可愛い顔して随分エロい乳首だなあ。こりゃ、佐竹が夢中になるわけだ」
「――っ!」

 もう少しで指先が触れてしまう、と思ったその瞬間。

「触るな……変態!」
「ぬぶっ!?」

 雪矢の足は鋭い蹴りを繰り出し、男の股間に情け容赦ない一撃を決めていた。

「……っ、く、はぁッ、は……」
「ああアニキ!」
「だ、大丈夫ですかいアニキ!?」

 予想外の展開に自分の腕を押さえていた男たちが思わず力を緩めた瞬間を見逃さず、掴まれていた両腕を頭上に振り上げ、二人の厳つい男たちの頭を思い切りぶつけてやる。

「おおっ!」
「がぁあッ!」

 どうやら、二人の男たちはそれぞれ相当な石頭だったらしい。

 ゴッツリと痛そうな音が響いた後で二人は雪矢から手を離し、ぶつけられた顔を押さえて涙目になっていた。

「てめ……ふ、ふざけやがって、はぅあっ!」
「おぅふ!」

 頭突きの衝撃で脳震盪をおこしかけたのか、ふらつきながら立ち上がろうとする男の顔に追撃の裏拳を入れ、立ち上がりざまにもう片方の男の金的を踏みつける。

 顔面に裏拳を叩き込んだときに男の歯に当たってしまったらしく、手の甲からは血が出ていたが、痛みはほとんど感じなかった。

 身体の奥底から、野性の本能が湧き上がってくる。

 色白の細い身体つきとあまり男臭さを感じさせない端正な顔立ちからひ弱で大人しい印象を抱かれがちな雪矢だが、一時期は筋肉質な男らしい男に憧れてジム通いを続けたり、打撃・関節系の格闘技を極めて男の中の男になりたいと近所の道場に通っていたことがあり、見た目ほど軟弱な男ではない。

 ただ、普段なら絶対に本職のヤクザを相手に一人で無茶をするような度胸はないはずなのに、今は何故か恐怖心よりも闘争心が勝っていた。

「こ……の、野郎」
「下手に動くと今度はタマを蹴り潰しますよ」
「鬼か!」

 人数と体格差を考えればまともに組み合って勝てる相手ではないが、外見に騙されて油断していた男たちの隙をつき、的確に急所を狙う奇襲は効果があったらしい。

 股間と顔面を押さえてのた打ち回る三人を見下ろしながら、雪矢はカメラを構えたままその場に立ち尽くす小太りの男に目を向けた。

「ひっ!」
「面白い映像が撮りたいんでしょう? どうぞ」

 さらってきた人質に叩きのめされるヤクザの映像は狙っていてもなかなか撮れるものではない。

「お、い、クスリ、効いてねえんじゃ……ねえのか」

 油断していたところに情け容赦ない金的をくらったリーダー格の男が、苦しげに呼吸を整えながら自分の脇で顔を押さえて転がっている男を責めているが、その声は完全に力を失っていた。

「ど、どんな野郎でも……一発で、興奮する媚薬……ってぇ話だったんですが」
「馬鹿野郎! 別の意味で興奮しちまってるんじゃねえか! 何のクスリだよ!」
「すんません!」

 なるほど。
 さっきからずっと全身を巡る血液が熱く、鼓動が速まって好戦的な気分になっているのは、飲まされた薬の効果なのか。

 雪矢が妙に納得していると、外で見張り役を務めていた男たちが倉庫内の異変に気付いて扉を開き、目の前に広がる光景に驚いて駆け込んできた。

「ああっ!? 大丈夫ですかアニキ!」
「一体何が……!」

 何があったのか聞かれても、まさか人質にいやらしいことをしようと乳首に手をのばした瞬間に金的を蹴り上げられたとは答えられないだろう。

 アニキと呼ばれた背の高い男は、ようやく呼吸を整えて落ち着くことができたのか、前屈みの微妙な姿勢で雪矢を睨みつけて掠れた声で舎弟たちに指示を出した。

「そいつを大人しくさせろ。チャカでもドスでも使っていい」
「えっ! ちゃ、チャカっすか……い、いいんすか」
「いいからとっ捕まえろ!」

 元々正攻法では勝ち目のない状況で拳銃など出されてしまっては、善良な小市民雪矢になす術はない。

 抵抗もこれまでかと絶望的な気持ちになったその時、撃鉄を起こす冷たい音に続いて、倉庫内に低いバリトンが響いた。

「物騒なモンを出すんじゃねえよ、俺も手元が狂っちまうからな」
「――佐竹!?」

 逆光になっていたシルエットが動くと同時に、入り口に立っていた男の身体が派手に吹き飛ばされる。

「佐竹さん!」

 本当に。
 この男はいつも、絶妙なタイミングで現れてくれる。

「間に合った、みてえだな。……まったく、お前は大したじゃじゃ馬だ」

 殴り飛ばした男に突き付けていたらしい銃を後ろに控える伍代に手渡し、トイチの金貸しは雪矢の身体を引き寄せ、両腕の中に閉じ込めて力強く抱きしめた。



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