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黒塗りの外車の後部席に乗り込み、くわえた煙草に火をつける。
ゆっくりと吹き出した煙の向こうに先ほどの新米スタッフの顔を思い浮かべ、佐竹の口元は自然に緩くなった。
「楽しそうですね」
「そう見えるか」
「はい」
運転席に乗り込んで車を発進させた伍代がミラー越しにチラリと視線を寄越して頷く。
十年近く自分の片腕として働くこの男に隠し事などできないと分かっている佐竹は、シートに身体をもたせ掛け、もう一度静かに煙を吐いた。
「高田の野郎、新人を入れたことを俺に隠してやがったな」
「いかにも社長好みの顔ですから、会わせたくなかったのでしょう」
「まあ、そうだろうな」
高田が自分の店のスタッフを家族のように大切にしているのは分かる。
この春から働き始めたばかりだという可愛い新人スタッフを飢えた狼の前に差し出すような真似はしたくなかったのだろうと容易に察しはつくが、同時に「俺を何だと思っているんだ」という不満を抱かずにはいられなかった。
あの様子だと、三上と二人がかりで自分のことをどう吹き込んでいるか分かったものではない。
そもそも、ユキヤと呼ばれていたあの新人が佐竹をヤクザと勘違いしていたことは明らかだった。
店に入った佐竹を見た瞬間から色白の顔を青ざめさせ、引き攣った笑顔で固まっていたユキヤを思い出すと、我ながら人が悪いと思いつつ、つい笑いが込み上げてくる。
長い睫毛を震わせながら、それでもまだ幼さを残す瞳には店長の高田が戻るまで何とか店を守ろうという決意のようなものが感じられて、一見はかなげな印象とのギャップに佐竹は興味を惹かれた。
気が向けば男でも女でも構わずベッドに連れ込む佐竹だが、さすがに高田の店のスタッフに手を出せばあのオネエ口調で延々と嫌味と説教を続けられることは分かっているので、わざわざ釘を刺されなくても自ら近付くようなことはしない。
ただ、今回だけは悪い癖が出てしまいそうだと自覚していて、それを止められない自分に苦笑するしかなかった。
コーヒーを淹れるときのあの顔は、反則だ。
それまで露骨に怯えて今にも泣き出しそうな顔をしていたユキヤは、挽いた豆をフィルターに入れてお湯を注ぎ始める頃にはすっかり落ち着きを取り戻し、ふんわりと漂う深い香りに何とも幸せそうな笑みを浮かべたのだ。
それは、オネエ口調の説教と天秤にかけてもお釣りがくると思えるほど、魅力的な笑顔だった。
「高田さんのお店のスタッフには手を出さないつもりだったのでは?」
「ちょっと味見するくらいなら構わんだろう」
「あの坊やはあまり遊び慣れているようには見えませんでしたが」
「別に取って食おうって訳じゃねぇよ」
ゴッツリとした武闘派ヤクザ顔に似合わず、意外に常識人の伍代には、男女見境無しに食い散らかす佐竹の無節操ぶりは理解に苦しむものらしい。
ミラー越しの呆れたような視線を受け流しながらも、あの色白の肌を思い出すだけで佐竹の下半身にはじわじわと熱が生まれ、立ちのぼる煙を見つめる鋭い瞳には獲物を狙う獰猛な肉食獣の光が宿っていた。
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