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○●○


 車が港に着いたらしいと気付いたときには、雪矢の身体に変化が表れ始めていた。

 動いてもいないのに呼吸が荒くなり、全身が熱い。
 心臓はバクバクとうるさいくらい激しく脈打ち、熱に浮かされたように思考が鈍くなっていた。

 さっき無理矢理飲まされたものが何かの薬だったのだろうと推測することはできるが、だからといって雪矢にはどうすることもできない。

「降りろ」

 ピッキングで車のドアをこじ開けた欠け歯の男に言われてぼんやりと顔を上げると、いつの間にか車は倉庫らしき建物の前に停まっていた。

 夜の港に、古い倉庫。
 そして、ヤクザ以外の何者でもない風貌の男たち。

 最悪の展開しか予想できない組み合わせである。

「グズグズするんじゃねえよ!」

 倉庫を見つめたままなかなか動こうとしない雪矢に苛立ち、欠け歯の男は舌打ちして雪矢の身体を無理矢理車の外に引きずり出した。

 八人の中で一番の下っ端らしき小太りの男が倉庫の扉を開けると、古い建物特有の湿った埃っぽい匂いが辺りを包み込む。

「くさい……」

 特に抵抗するでもなく、漂う悪臭に顔をしかめた雪矢を見て、リーダー格らしき男がいやらしい笑いを浮かべて耳元でねっとりと囁いてきた。

「そろそろ薬が効いてきたんだろう」
「――俺に、何を飲ませたんですか」

 全身を巡る熱に多少思考がぼんやりしているものの、意識は保たれている。

 飲まされた薬がどういったものなのか、その問いには答えず、男は雪矢の腕を乱暴に掴んで倉庫の中に放り投げた。

「おい、ビデオ回せ」
「はい」
「お前らはこいつが動かねえように押さえとけ」
「はい!」
「あとは見張りだ。アニキから連絡があったら知らせろよ」

 男の指示に従って小太りの男がデジカメを構え、入り口近くに立っていた二人の男が倒れていた雪矢の身体を埃っぽいコンクリートの床に押し付ける。

「離せ! 何を……するつもりだ!」

 何をするつもりだと訊きながらも、この状況でビデオを回すと言われれば、さすがに雪矢にも男たちが何をしようとしているのかは予測できた。

「暴れるんじゃねえよ。お前だってこのままじゃ辛いだろう?」

 身体を押さえられた雪矢の横に膝をつき、指先で頬をくすぐるように撫でるリーダー格らしき男は、欲望を剥き出しにして鼻息を荒くしていた。

「クスリが効いて、身体が疼くんじゃねえのか。オトコが欲しくて欲しくて堪らなくなっているはずだ」
「なってない!」
「すぐにそうなる。なに、俺はちょっと面白い映像が撮りたいだけだからな。大人しくしてりゃお前にもイイ思いをさせてやるよ」

 何が“ちょっと面白い映像”だ、と叫びたくても叫ぶことができなかったのは、男が懐からナイフを取り出したからだった。

「っ!」

 高い位置にある窓から差し込む明かりに照らされた鋭利な刃先が、雪矢の腹に突きつけられる。

「へへ、服を脱がせるだけだ。動くなよ坊や」

 男が息を荒くしながら、ツツ、と刃先を動かすと、シャツが切り裂かれて白い肌が現れる。

 その様子を撮影していた小太りの男が呆れたように呟いた。

「アニキぃ、そりゃ、普通に脱がせた方が早いんじゃないですかね」
「馬鹿野郎、こういうのは雰囲気が大事なんだ」
「っていうか、俺アニキ主演のホモビデオ撮影なんてしたくないですよ。人質に勝手にこんなコトしちまって本当に大丈夫なんですか」
「うるせえ! 坊やの恥ずかしい画像をバラ撒かれたくなかったら金をよこせって後から佐竹の野郎にふっかけて買い取らせりゃ、俺らも一儲けできるだろうが!」

 どうやら男は、これから撮影する動画をネタに佐竹を強請るつもりでいるらしい。

 そんなことに佐竹が金を払うとも思えないし、佐竹を怒らせた後のことを何も考えていない男の浅はかさに呆れるしかない雪矢だったが、効き始めた薬のせいなのか、男たちの会話はどこか遠くから聞こえているようだった。

「ほお……なかなかそそる身体をしてるじゃねえか」

 完全に前を切り裂かれてしまったシャツが剥ぎ取られ、雪矢の白い肌と細い身体が露になると、男は感心したように呟いて唾を飲み込んだ。

「薄暗いままじゃよく撮れねえな。おい、灯り持って来て照らせ!」

 男の言葉に、外に立って見張りをしていたらしい下っ端が懐中電灯を持って入ってくる。
 至近距離から照らされて、薄暗がりに慣れていた目を細めた雪矢は、自分を見下ろしていた男の顔を見て身体を強張らせた。

「や……やだ」

 全身を舐め回すような視線に、不快感が湧き上がる。

 佐竹にならどんな恥ずかしい姿を見られても嫌ではなかったし、むしろあの熱い視線だけで感じそうになってしまうこともあったのに。

「嫌だ! 触るな!」

 今、自分に触れようとしている男は佐竹ではない。

 そんな当たり前のことに気付いた瞬間、激しい拒絶の念が雪矢の全身を支配していた。



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