4


 キュッと唇を噛み締めて険しい表情で押し黙る雪矢をなごませるように、良二は軽い調子で笑って、再び車を発進させた。

「大丈夫ですって。社長は絶対ヤクザにはなりませんから」
「……そうかな」

 佐竹自身がどう思っているかは分からないが、本人の意思だけではどうにもならないこともある。

「だってユキヤさん、ヤクザは嫌いなんでしょ」
「うん。元ヤクザでも伍代さんのことは嫌いじゃないし、店長を助けるために力を貸してくれた佐竹さんのお兄さんを否定する訳じゃないけど、職業としては嫌いだね」

 雪矢個人の印象以前に、どう考えてもヤクザが一般人に好かれる職業ではないことだけは確かだ。

「だったら、社長がユキヤさんに嫌われるようなことをするはずないっす!」

 ステアリングを握ったまま胸を張ってキッパリと言い切る良二の横顔には、迷いはなかった。

 やや口の軽い元ホストは、車通りの多い道を抜けながら更に言葉を続ける。

「ただでさえタカダさんに『ユキヤちゃんお触り禁止令』を出されて落ち込んでるってのに、これ以上ユキヤさんに嫌われるようなことは絶対にしないっすよ」

 高田が佐竹に言い渡したのは『KARES』の出入り禁止令だったはずなのだが。
 それがいつの間にか『ユキヤちゃんお触り禁止令』に変換されていることにツッコミを入れようとして、それ以上に気になる一言に、雪矢の胸は一際大きく脈打った。

「佐竹さん……落ち込んでるんだ」
「落ち込むっつーか、見た目は全然変わらないんすけどね。最近タバコの量が半端なく増えてるし、イラつくことが多くなって迫力五割増しっつーか。一緒に働いてて生きた心地がしないっす」

 その原因が『KARES』に来られないことなのだろうか。

 佐竹ほどの男なら女にも男にも不自由しないだろうし、もうとっくに雪矢には興味をなくして、適当に遊び相手を見つけていてもおかしくないと思っていたのに。
 会えずにいる間、雪矢が佐竹のことばかり考えてしまっていたように、佐竹が少しでも自分のことを考えてくれていたのだろうか……。

 ドキドキと忙しく動き始めた心臓を落ち着かせて、雪矢は小銭の入った小瓶を握りしめた。

「リョウ君、あのさ」
「何すか」
「家に帰る前にちょっとだけ、お菓子屋さんに寄ってもらいたいんだけど」
「お菓子屋さん?」

 車を走らせながらチラッと雪矢の手元に視線をやった良二が、小瓶に入った小銭に気付いて人懐っこい目を瞬かせる。

「これ、佐竹さんにもらったチップを貯めていたんだ。ある程度貯まったらお菓子を買って、佐竹さんにもお礼に食べてもらおうって思って」
「ってことは……」
「またコーヒーを飲みに来て欲しいって、佐竹さんに伝えてくれるかな」

 今なら高田も、佐竹を追い返すようなことはしないだろう。

 雪矢の言葉に、店の女性客を虜にしている元ホストの顔には眩しい笑みが広がった。

「もちろんっす! いやー、よかった。正直このまま禁断症状が続いたら、社長が単身で備木仁会に乗り込んでひと暴れしちゃうんじゃないかって、本気で心配してたんすよ」
「盃を貰ってヤクザになるよりそっちの方がよっぽど怖いよ」
「この近くなら『パティシエ=ティムコ』が美味いっすかね。よっしゃー、超高速で向かいます!」
「や、ゆっくり安全運転でいいから」

 久しぶりに素直に笑える時間が、心地好い。

 車が目的の洋菓子店に到着するまでの間、雪矢は、調子に乗った良二が繰り出す佐竹や伍代のまったく似ていない物真似に笑い続けていたのだった。


○●○


 夜の色に染まった空に、月が浮かぶ。

 閑静な住宅街に佇む人気の洋菓子店に到着して狭い駐車場に車を停めた良二は、ようやく似ていない物真似を止めてシートベルトを外し、運転席から降りて雪矢のために助手席のドアを開けようとした。

「いいって、女の子じゃないんだから自分で開けるよ」
「“お前にそんなことをさせたら江戸っ子の名が廃るってぇんだ”」
「だから、全然似てないってば。しかもいつから佐竹さんは江戸っ子の設定になったんだよ」

 全然似ていないのに、慣れるとこの壊滅的な似ていなさと勝手に作り出した設定が微妙にツボにハマる。
 込み上げてきた笑いを抑えながら、雪矢が車から降りようとしたその時。

「ちょっと待って下さい!」

 それまでのやんちゃな笑顔を消し、険しい表情を作った良二が開きかけていた助手席のドアを閉めてしまった。

「何?」

 一瞬、何かの悪ふざけかと思った雪矢だったが、良二の表情からただならぬ気配を察知してその視線を追ってみる。

「え……っ!」

 そこには、洋菓子店の客のものとは思えない黒塗りの車が、駐車場の入口をふさぐように二台並んで停まっていた。

 薄暗く照らされた車内をチラリと覗いただけで、中に乗っている男たちがいかにも危なそうな連中だということが分かる。

「――これはちょっとヤバいっす。ユキヤさん……ドア、中からロックして社長に連絡して下さい。もし逃げられそうだったら、車出して逃げて下さい」
「な、何言ってるんだよ、リョウ君も乗って」
「いいから早く!」



(*)prev next(#)
back(0)


(63/94)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -