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「あの、今の方は……?」

 白シャツにネクタイ、黒いベストとカフェエプロンという店の制服に着替えてスタッフルームから出てきた副店長の三上に、雪矢は恐る恐る尋ねた。

 客のことをあれこれ興味本位で詮索してはいけないと分かっていても、あの強烈な二人組について聞かずにいるなんて無理な話だ。

「ああ、伍代さん?」
「ゴダイさんも、サタケさんという方も……高田店長のお知り合いみたいでしたけど、一体どういう方たちなんですか」

 テーブルを磨いて椅子の位置を揃えている間もスタッフルームの様子が気になって仕方ない雪矢の質問に、三上は手際よく軽食用の食材を仕込みながら答える。

「どういう方たちって、見た目通りの人たちだよ」

 はっきり答えないのは、雪矢の反応を窺って楽しみたいからだろう。
 まるでどこかの国の王子様のような艶のある華やかな顔立ちで男女問わず熱心なファンを増やし続けているこの副店長は、優しくて面倒見の良い先輩ではあるのだが、ふんわりとした外見を裏切って意外に食えない性格の持ち主でもある。

「見た目通りというと、やっぱり、その……」

 あの外見そのままという職業は、どんなに頭を捻っても一つしか考えられなかった。

「うん、見るからにって感じだね」
「じゃあ、あの大きなケースの中身は」
「彼らの商売道具」
「商売道具……!」

 ヤクザの商売道具がどういう物なのか雪矢には想像もつかないが、持っているだけで手が後ろに回るような物であることは間違いなさそうだ。
 そんな物を店に持ち込んで、高田とあの男たちは一体何をしているのだろう。

 ダスターを手に青ざめる雪矢の様子を満足げに見守って、いたずら好きの副店長は切り分けたばかりのチーズを「はい、お味見」と半開きの口に押し込んできた。

「店長は大丈夫なんでしょうか。警察に連絡した方がよくないですか」
「警察に何を連絡するつもりだ」
「だって、あのケースの中にはシャブとかチャカとかが……」

 背後でブハッと噴き出す高田の笑い声が聞こえて、雪矢はチーズを喉に詰まらせそうになった。

 動揺のあまり咄嗟に答えてしまったが、今の声は、三上の声ではなかった。
 腰をくすぐるような甘いバリトンは、ついさっき、雪矢の淹れたコーヒーを褒めてくれた声だ。

 ――ということは。

 錆び付いた操り人形のようにぎこちない仕種でゆっくりと首を回して振り返ると。
 そこには、すっかり笑いのツボにはまって腹を抱えて涙目で爆笑する高田と、そんな高田の姿を不機嫌そうに見下ろす佐竹、表情の読めない顔でその後ろに控える伍代が立っていたのだった。

「チャカとかシャブとか……ユキヤちゃんってば! この二人を見たら誤解するのは分かるけど、か、可愛い……っ、あ〜おかし〜!」
「笑い過ぎだ、高田」
「くるしい〜!」

 脅されて怪しげな薬を買わされたり、みかじめ料を巻き上げられたりしているのではないかと心配していたが、高田は意外に元気そうだ。
 それどころか、笑いながら佐竹の背中をバシバシと力いっぱい叩いている。

「も、申し訳ありません!」

 客の噂話をして、しかもそれを本人に聞かれてしまうというカフェスタッフとして許されない大失態に、雪矢は深く頭を下げて謝った。

「店長を心配している雪矢君が可愛くて、私がからかってしまったんです。申し訳ありません」

 隣に並んだ三上も一緒に頭を下げると、佐竹はいつまでも笑い続ける高田を横目で鋭く睨んでため息をついた。

「お前の顔がゴツいせいでまたヤクザと誤解されちまったぞ、伍代」
「申し訳ありません」

 雪矢の誤解の原因をあっさりと伍代だけに押し付ける一言に、店内にいた佐竹以外の誰もが突っ込みを入れたくなったはずだが、敢えてそれを口にする者はいない。
 ジュラルミンケースを手にした厳つい大男が困ったような顔で謝り、雪矢に向かって頭を下げた。

「――まったく。綺麗な顔してちょっと抜けてるところまで俺好みだな」
「ちょっと、佐竹さん! ウチのスタッフに手を出さないで下さいねっ」
「口説くだけなら俺の勝手だろうが」

 キャンキャンと吠える高田を軽くあしらって、佐竹がテーブルの上に残っていた飲みかけの冷たいコーヒーを一気に喉に流し込む。

「美味かった」

 耳に流れ込んでくる媚薬のような美声で褒められて、雪矢は自分の顔が頬から耳の先まで熱くなっていくのを感じた。

「ありがとうございます」
「金に困ったらいつでも連絡をくれ。お前なら利子は身体払いでいい」
「……えっ?」

 何故、突然お金の話が出てくるのか。
 利子が身体払いという言葉の意味もよく分からない。

 投げ掛けられた言葉に反応できずに固まる雪矢の手に名刺を握らせ、テーブルの上に気前よくお札を一枚置いて、佐竹は「邪魔したな」と店を出て行った。

 受け取った名刺に視線を落とすと、そこには予想外の会社名と肩書きが印刷されている。

 カレスーローン株式会社
 代表取締役社長 佐竹和鷹

「これって、消費者金融か何かの……?」
「そ。佐竹さんが大学卒業後にすぐ起業して、今じゃ業績も順調みたい。あのジュラルミンケースの中には現金がぎっしりで、伍代さんは金庫番とボディーガードを兼ねた社長秘書ってワケ」

 商売道具というのはそういうことだったのかと納得する雪矢の横で、三上がいたずらっぽく笑う。

 名刺に触れる指先から熱が伝わって、ドキドキとうるさくなる心臓を宥めながら、雪矢は自分の淹れたコーヒーを褒めてくれた男の名前を心の中で呟いてみたのだった。



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