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 かなりの爆弾発言を投下されたような気がするが、言葉の意味をもう一度聞き返すだけの勇気は雪矢にはない。

 こんなとき、どう対応すればいいのか……。
 動揺する雪矢に助け舟を出してくれたのは、やっぱり微妙なところで空気の読めない良二だった。

「到着〜っす!」

 どうやら、絶妙なタイミングで車は佐竹が仕事用に借りているというマンションの前に到着したらしい。

「降りろ」

 佐竹に低い声で告げられた高田は、ようやく我に返って細いキツネ目を大きく見開いた。

「えっ、アタシも!?」
「当然だ。万が一金がなくなっていたらその場でテメエをオカマバーに売り飛ばしてやる」
「ひどい! オカマ差別反対!」
「いいからさっさと降りてキリキリ歩け」
「お、お金のこととユキヤちゃんのことは別問題なんですからねっ」

 アタシは二人の関係を許した訳じゃないのよ! と、鼻息荒く叫びながら佐竹に引きずられてマンションのエントランスへと消えていく高田の後姿をぼんやりと眺めながら、雪矢は佐竹が古森の言葉を否定しなかったことにひたすら戸惑い、固まった表情の下で動揺していた。

 佐竹が自分のことを多少なりとも気に入っているらしいことは出会ったときから本人も何度か口にしていたし、分かっていたが、まさか本当にそういった意味で好意を寄せられているのかもしれないとは夢にも思わなかったのである。借金を身体で返すというのも、佐竹の趣味なのだと思っていたくらいだ。

「で、で! ユキヤさん的にはどうなんすか」
「え?」

 極道顔の恐ろしい上司がいなくなった途端、俄然元気になって運転席から後部座席へと身を乗り出し、好奇心剥き出しで質問してくる良二に、雪矢は首を傾げた。

「どうって?」
「最初は借金のカタに無理矢理ヤラれて憎んでいるはずなのに、優しさにほだされて会うたびに惹かれていく……とか、やっぱそういう展開になっちゃったりしてるんすか!?」
「リョウ君、ハーレクイン小説とか好きなの?」
「たまに姉ちゃんの本を読んだりするくらいっすよ」
「……」

 良二はたまに、と言っているが、熱の入りようから察するに相当読み込んでいるのだろう。
 実際にはそういった類の小説を読んだことはない雪矢だったが、女性向けのベタな恋愛小説の展開やオチは聞く前から何となく想像できてしまった。

「俺は……佐竹さんのこと、嫌いじゃないと思う。でも、恋愛感情として好きかどうかは分からない」
「うわー! 社長、いきなり振られちゃったっすね」
「そもそも、佐竹さんも俺も男だし。男同士の恋愛に偏見はないけど、俺は男の人をそういった意味で好きになったことがないから」
「ああ……もう入り口の段階で弾かれちゃってるっす」

 良二は「痛たた」という顔をするが、こればかりは仕方ない。
 これまでの人生で二十年以上平凡な生活を送ってきた雪矢にとって、男が男を好きになるというのは、遠い世界の出来事だったのだ。

 佐竹に抱かれたときも。
 そのテクニックに溺れ、優しさに甘えはしたが、あのときは行為自体が完全に雪矢のキャパシティを越えていて、恋だの愛だの、そんなことを考える余裕はまったくなかった。

「今まではそうだったとして。――この先も男を好きになることはないと思う?」

 二人の会話を黙って聞いていた古森が、静かな声で雪矢に尋ねる。

 その問いに即答することは、できなかった。

 佐竹のことは、好きか嫌いかの二択でいえば好きなのだと思う。
 だからあんなに恥ずかしいことをされてもまた会いたいと思ってしまうし、大きな手の温もりに触れるとホッとする。
 高田のためにリスクを負ってまで力を尽くしてくれたことにも感謝しているし、トイチの金貸しというヤクザな商売をしていると分かっていても、もっと近付きたいと思うのは、やはり佐竹に惹かれているからなのだ。

 ただ、それが恋愛感情かと聞かれると、雪矢は本当に自分の気持ちが分からなかった。

「俺は、身も心もオンナになって佐竹さんに抱かれたいとか、絶対にそんな風には思えません」

 好きかどうかはともかく、これだけは確実に言えることだ。
 この先も、雪矢が男を捨てていいと思うことはない。

 きっぱりと言い切ると、古森は日焼けした顔を崩して豪快に笑い始めた。

「男らしいな、ユキヤ君。アイツもそんなところに惚れたのか」
「ユキヤさんは見た目とのギャップがチャームポイントなんすよ」
「なるほどなあ」

 ひとしきり笑って、良二と何やら共感し合った後で、古森はチラリとマンションのエントランスに目をやった。

 どうやら高田が郵便受けに突っ込んだという一千万円は奇跡的に無事だったらしく、包みを手にした佐竹が後ろでキャンキャン騒いでいるらしい高田を無視して仏頂面で車に向かっている。

 顎ヒゲのキツネ目店長は、オカマバーに売り飛ばされずに済んだようだ。

「男が男に惚れるってのは、別に男を捨てることじゃない」
「え?」

 ぽつり、と呟かれた言葉に、雪矢と良二が同じタイミングで顔を上げる。
 古森は、その視線をかつての親友に真っ直ぐ向けていた。

「不器用で難しい男だが、佐竹は中途半端な気持ちで君のような純情なノンケ坊やに手を出す男じゃないよ。自分の気持ちが分からなくて迷っているなら、しっかり答えが出るまで考えてやってくれ」
「古森さん……」

 一度は疎遠になってしまっても、この人は佐竹のことをちゃんと理解して信じている。
 そう思うと、心の奥がじんわりと温かくなって。

 その後『KARES』に向けて再び走り出した車内で佐竹が先ほどの会話について触れることは一度もなかったが、雪矢はずっと、隣の席で険しい表情のまま黙っている男のことを考え続けていたのだった。



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