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雪矢としては佐竹一人を悪者にしてはいけないと思い、必死になって弁解をしたつもりだったのだが。
よくよく考えてみると、必死になり過ぎるあまり、かなり恥ずかしいことまで口走ってしまった気がする。
普通に生活していれば友人や部下に知られることのない、ねちっこくてオヤジ臭い性生活を暴露されてしまった佐竹は堪らないだろう。
高田も良二も何と言っていいのか分からないという微妙な表情で、車内には何ともいえない気まずさがたちこめていた。
「あの、佐竹さん……」
やはりここは謝るべきだろうか。
それとも、オヤジ臭いだけではない巧みなセックステクを絶賛して男としての名誉を回復する方が先だろうか。
両手で顔を覆ったままうなだれて微動だにしない佐竹に雪矢が恐る恐る声をかけたそのとき、助手席からプッと空気が漏れ出したような音が聞こえて、次の瞬間、古森が耐え切れなくなった笑いを爆発させた。
「くく、……は、ははっ」
この豪快な笑い声には、さすがに佐竹も顔を上げて凛々しい眉を跳ね上げる。
「オヤジ臭いなんて言われちまって……男前も形無しだな佐竹!」
古森の背中を睨む視線が鋭過ぎて怖い。
後ろから突き刺さる非難の視線にまったく気付いていないのか、ひとしきり笑った後で古森は顔を前に向けたまま「ふー」と息を吐いて呼吸を整えた。
「お前も不器用なのは昔から変わらないなあ」
「何だと?」
「大事なモンを守るために自分だけ憎まれようとするのは、あの頃と同じだろう」
「……」
渋滞を抜けた車は、目的地へと向かってスムーズに走り始める。
古森の言葉に、佐竹の目が僅かに動揺の色を見せた瞬間を、雪矢は見逃さなかった。
二人の間に何があったのか、知りたくても聞くことができない雪矢に聞かせるように、古森は昔を懐かしむようにゆっくりと語り出した。
「オヤジさんが亡くなってお前がヤクザの組長の息子だってことが分かったとき、周りはちょうど就活真っ只中だったな」
「――そんな昔の話はどうでもいい」
「組長の息子と親しいなんて噂が広まって就活にまで影響したらマズいって、急に距離を取り始める奴らもいたけど、それでも周りに残った人間を、お前は自分から切り捨てただろう」
「覚えてねえ」
どうやら、古森は佐竹と同じ大学に通っていたらしい。
「切り捨てるって、どういうことですか?」
どうしても当時のことが気になって、身を乗り出すようにして尋ねた雪矢に佐竹は「余計なことを聞くな」と鋭いひと睨みを寄越したが、まだ耳の先に若干熱っぽい赤みを残した状態では、普段の本職顔負けの迫力は半減してしまっていた。
「コイツ、組を継ぐために抗争に加担するようなことを言ってわざとに周りの人間を遠ざけたんだよ」
「そんな、だって佐竹さんは」
佐竹には元々組を継ぐ意思はなく、現組長が襲名した際に組には関わらないという約束までしているのに。
「それが嘘だったっていうのは、後から分かった」
古森の言葉に、佐竹の眉がピクリと動く。
「ただ、当時は跡目争いの抗争がらみで本当に物騒な事件が続いていて、そんな組を継いでヤクザになるなんて言われたら俺もビビっちゃって……」
「それで佐竹さんから、離れちゃったんですね」
「ああ」
予想していた通りの答えに、雪矢は言葉を返すことができなかった。
過去の判断を責めるつもりはないし、当時の状況を考えると仕方のないことだったのだろうということは分かる。
それでも、突然一人になってしまった大学生の佐竹の姿を思い浮かべると、胸が苦しくなった。
佐竹が継ぐつもりのない組を継ぐなどという嘘をついたのは、きっと友人達を守るためだったのだ。
本人の気持ちはどうであれ、佐竹がヤクザの組長の息子だという事実は消えない。
当時、組長のもう一人の実子である佐竹を担ぎ出して後継者争いに名乗りをあげようとしていた人間がいたという三上の話からすると、自分の周りにいることで大切な人達が巻き込まれてしまう可能性があると考えたのだろう。
「本当は……もっとしっかり話を聞いていれば佐竹の本心に気付けたと思うし、何があっても離れちゃいけなかったって、ずっと後悔していた」
「俺はもう忘れた」
昔の過ちを悔やむようにぽつりと呟いた古森の言葉を、佐竹は不機嫌そうな顔で切り捨てた。
――が、学生時代の親友だったという男は、意外に食えない男らしい。
佐竹の反応を気にする風もなく、振り返って雪矢にいたずらっぽい笑みを向けてきた。
「こんな風に素直じゃない男だから分かりにくいけど、本当はユキヤ君のことがすごく好きで、とりあえず身体だけでも……って手を出しちゃって、後になって反省してるけど今さらどうしていいのか分からないってトコロだろうな」
「古森!」
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