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「アタシがしっかり確認してお金を返さなかったせいで、ユキヤちゃんが……」

 細いキツネ目を潤ませ、唇をわなわなと震わせて、高田は隣に座る佐竹のスーツを掴んでその身体を揺すった。

「ひどいじゃない、佐竹さん! まさかそんな風にユキヤちゃんに手を出す人だとは思わなかった! アタシの店の大切な仲間に……っ!」
「店長、佐竹さんが悪いんじゃないんです」
「分かってるわ、悪いのはアタシよ! だったらユキヤちゃんじゃなくてアタシのケツを掘ればいいじゃない! 今すぐパンツでも何でも脱ぐわよ!」
「いや、それは」

 高田の悲痛な叫びに、車内にいた高田以外の全員が声を揃えて突っ込みを入れる。

 雪矢のために本気で怒ってくれている高田には悪いが、この場でパンツを脱いでケツを差し出されるのは、佐竹にとっても佐竹以外の人間にとってもかなり微妙である。

「落ち着け、ノボル」

 本当に今すぐにでも脱ぎかねない高田を諌めたのは、それまでなるべく佐竹と会話をしないように助手席で静かに座っていた古森だった。

「落ち着いてなんかいられないわよっ」
「佐竹もユキヤ君も、まだ何も話していないだろう」
「でも……!」
「俺は、佐竹が金のためだけに卑怯な手を使って純情そうな坊やに手を出す男だとは思わない」
「っ、ミッチー先輩……」
「ちゃんと、二人の話を聞くんだ」

 古森の言葉に、ジーンズのファスナーを引き下ろしかけていた手を止め、高田がグッと口をへの字に結んで黙る。

 さっきからピッタリと密着していた逞しい腕が微かに動いたのを感じた雪矢は、視線をそっと、隣に座る男の精悍な横顔に向けた。

 同じ部活で活動していた高校時代には親友だったという二人の間に何があったのかは分からないが、空港で再会してから今まで挨拶以外にほとんど会話らしい会話もなく、古森からは今回のことで佐竹に対しての礼も詫びもないことを考えると、仲は相当こじれているらしいと雪矢は推測していた。
 その古森が、高田の責めから佐竹を庇うのが少し意外だ。

 当然、庇われた本人は雪矢以上に驚いたらしい。
 普段は鋭い光を放って周りを威嚇している野獣の目を見開き、助手席に座る昔の親友を黙って見ていた佐竹は、やがて口元に皮肉な笑みを浮かべて鼻を鳴らした。

「話を聞くも何も、高田の想像している通りだ。利子が払えねえなら身体で払えとコイツを脅して無理矢理ヤッた」
「佐竹さん!」
「本当のことじゃねえか」

 確かに、簡潔に言ってしまえばその通りなのだが、佐竹の説明からは色々な要素が抜け落ちている。

 雪矢にとって佐竹への利子返済はただ辛くて怖いだけの出来事ではなかったし、雪矢だけのためではないにしろ、大切な店を守るために佐竹が兄の力を借りて高田救出のために動いてくれたことは嬉しかった。
 それなのに何故、自ら憎まれるようなことを言ってしまうのだろう。

「そうなのかい、ユキヤ君?」

 優しく、落ち着いた声で古森に尋ねられて、雪矢はふるふると首を横に振った。

「俺は、無理矢理ひどいことをされたとは思っていません」
「おい、無理して嘘をつくんじゃねえぞ雪矢」
「男がケツを掘られたくらいで傷物にされたとは思わないですし。確かに、最初は利子代わりみたいなことを言われてちょっと怖かったですけど……」

 雪矢を抱く時の佐竹は意地悪で、そして同じだけ優しかった。

 最初から、怪我をするようなひどいことは一度もされていない。
 いやらしい言葉を囁きながらもその声は甘く、大きな手はどこを触るときも大切な宝物を扱うように優しく触れ、雪矢に快感だけを与えてくれた。

「ものすごく豪華な中華粥を食べさせてもらったりして、美味しかったです」
「駄目じゃない! 食べ物につられちゃ駄目よ、ユキヤちゃん!」
「――高田店長」

 涙目で訴える高田の顔を、雪矢は真っすぐに見つめ返す。

「店長と古森さんが無事に帰国できるように一番無理をして頑張ってくれたのは佐竹さんでしょう」
「それは、そうだけど」
「佐竹さんは俺の大切なあの店を奪うようなことはしないって約束して、それを守ってくれたんです。だから、責めないで下さい」
「ユキヤちゃん……」

 ヤクザの力を借りたくないと思っていたはずの佐竹が、組長である兄を頼った。

 それは店を守るためでもあり、大切な後輩と、かつての親友を守るためでもあったはずだ。

「それに、初めてケツに入れられたときもあんなに大きいチンコなのにちょっと苦しかったくらいですぐに気持ちよくなって、別に怪我もなかったですし」
「えっ、そ、そうなの?」
「っ! おい雪矢!」
「乳首を弄り過ぎたり、言葉責めがねちっこかったりして若干オヤジ臭かったけど……佐竹さんはすごく上手で、優しかったですよ」

 雪矢が言い切った瞬間、それまで黙って運転に集中していたはずの良二がブレーキを思い切り踏み込んでしまったらしく、高速を降りて交差点手前の赤信号で減速していた車はガックンと漫画のような音をたてて急停止し、雪矢たちの身体も大きく前のめりになった。

「大丈夫、リョウ君!?」
「すんません!……っていうかユキヤさん、その顔でチンコとかケツとか言わないで下さいよ〜!」

 どうやら、運転をしながらも耳は会話に釘付け状態で、相当動揺していたらしい。

「え、俺のせい? ごめんね。とにかく……」
「ユキヤ君、もうそれ以上佐竹をいじめないでやってくれ」
「え?」

 何ともいえない気の毒そうな顔で振り向いた古森に言われて、ふと隣に目をやると。
 滅多なことで表情を変えないトイチの金貸しが耳の先まで赤くして、両手で顔を覆ったままうなだれていたのだった。



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