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 助手席に古森、後部座席には佐竹を挟んで奥に雪矢、手前に高田という配置の車内は、微妙な沈黙に包まれていた。

 見るからに高そうな外車は座席の幅も十分にあり、男三人が並んでも狭く感じることはないが、重すぎる沈黙が苦しい。

 良二は運転に集中して無言になっていて、古森と佐竹の間には何とも言えないぎこちない空気が漂っている。
 さらに、高田は高田で、佐竹がさりげなく雪矢の肩を抱いて座っているのが気になるのにツッコミを入れるのが怖いらしく、さっきからずっと物言いたげな顔でチラチラと雪矢に視線を送っているのだ。

「――で、何があったのか話してもらおうか」

 高田の反応を楽しむように雪矢に身体を寄せ、時折柔らかな髪を指先で弄んでその感触を確かめていた佐竹が口を開いたのは、渋滞で足止めされていた車がノロノロと動き始めた時だった。

 話を切り出された途端、高田はその場に土下座しかねない勢いで頭を下げ、佐竹に謝った。

「ごめんなさい! ミッチー先輩が危ない連中とトラブルになってるって聞いた後で急に連絡が取れなくなっちゃったから、心配で心配で行かずにはいられなかったの。それがまさか、こんなことになっちゃうなんて……本当にごめんなさい!」
「トラブルの原因は組織を通さないで直接取引をしたことなんだろう。金で解決できなかったのか」

 高田の言い訳を遮るようにしてきつい口調でそう言った佐竹の目は、助手席に座る古森に向けられている。
 古森も今の言葉が自分に投げ掛けられたものだと分かっているらしく、僅かに首を後ろに回して「それが……」と何かを言いかけたきり、口をつぐんでしまった。

「違うの!」

 なかなか原因を説明しない古森に代わって、高田が口を開く。

「ただの取引関係のトラブルならお金でどうにでもなったんだけどね、その黒社会のボスっていう男がミッチー先輩に一目惚れしちゃったのよ!」
「は……?」
「えっ?」

 間の抜けた声は、雪矢と良二のものだ。

 さすがの佐竹も予想だにしなかった答えに驚いたらしく、間抜けな声こそ出さなかったものの、僅かに開いた口を閉じるのも忘れて、雪矢の肩を抱いたまま固まってしまった。

「そういうことだ」

 言いづらかったトラブルの原因を高田に説明してもらったことで楽になったのか、助手席の古森がうんざりとした様子で軟禁に至った経緯を話し始めた。

「最初は金で片付くはずだったのに、約束していた金を払いにそいつらの事務所に行ってボスに会った途端、いきなりひざまづいてプロポーズされて……」
「プロポーズ!?」

 今度は雪矢と良二の声が完全に重なる。

「断わったら、“プロポーズを受けて私の花嫁になるまで返さない”とか何とか言われて訳が分からないまま、そのボスの家に軟禁されたんだ」
「えええっ! そ……それは、えらく強引っすね」
「ふんっ! アタシのミッチー先輩があんな高慢ちきな腐れチンポの花嫁になんてなる訳ないじゃない!」

 今までの話の流れからそのマフィアのボスという人物は男性だったはずだ。
 見るからにマッチョで逞しく、男臭さの塊のような古森を花嫁にしたいという発想が理解できず、雪矢は鼻息を荒くして怒る高田とまだ固まっている佐竹の横顔を交互に見比べた。

「でも……そうすると、店長はよく無事でいられましたね。そのマフィアの方にしてみれば、高田店長はお邪魔虫だったんじゃないですか」

 はっきりとは聞いていないが、古森と高田の間に漂う雰囲気から、何となく二人がそういった関係だということは推測できる。
 マッチョな古森を花嫁にしようと企むマフィアのボスにとって、古森を取り返すためにやってきた高田は邪魔者以外の何でもなかったはずだ。
 それなのに、さぞかしひどい目に合ったのではないかと思いきや、高田はやつれた様子もなく、むしろ出国前より少しふっくらして肌のツヤもよくなっているような気がする。

 雪矢の疑問に答えてくれたのは、面白くなさそうに口をへの字に曲げた古森だった。

「そのボスの片腕として働く黒社会のナンバーツーが、ノボルに一目惚れしたんだ」
「ええーっ! 何だかハーレクイン小説みたいな展開っすね!」
「おかげでアタシまで一緒に軟禁されちゃって、毎日豪邸で豪華な料理ばかり食べさせられて、やることもなくダラダラ過ごして……とんだ災難だったわよ!」

 雪矢としては良二がハーレクイン小説を読んだことがあるのかどうかが気になるところだが、誰もそこにはツッコミを入れないらしい。

 しばらく固まっていた佐竹が、ようやく表情を取り戻し、眉間に深く皺を刻んで長いため息をついた。

「どういう事情があったとしても、俺の借金を返さねえまま飛びやがったことだけは許せねえな」

 その言葉に、高田は眼鏡の奥の細いつり目をキョトンと丸くして首を傾げた。

「あら、お金なら出発の直前に返したわよ?」



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