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高田が帰国するという連絡を佐竹から受けたのは、発見の報告から五日後のことだった。
営業日に勝手に店を閉める訳にはいかないという三上の判断で、三上と香田は普段通り店に出ることになり、佐竹と共に空港に向かう出迎え役を任された雪矢だったのだが……。
伍代が務めるとばかり思っていた運転手が、久々に顔を合わせる良二だったことで、頭の中は車に乗り込む前から既に気まずさと恥ずかしさでいっぱいいっぱいになってしまっていた。
「ああああの、俺、もう忘れましたから! ていうか、最初っから全然何も見てないッス。ユキヤさんのお尻がプリッとしてて、白くて柔らかそうだったなんて、全然見てないっす!」
後部座席に佐竹を乗せて黒塗りの車で『KARES』まで雪矢を迎えに来た良二は、顔を合わせるなり視線を怪しく泳がせ、耳の先まで赤く染めながら開口一番にそんなことを言ってきたのである。
本当に忘れているなら敢えて自分から“忘れました”と言い出すはずがないし、覚えていたとしても口にしてくれるなと突っ込みたいところだが、当然伍代が迎えに来てくれるのだろうと思っていたところに不意打ちで現れた良二にいきなり恥ずかしい記憶を呼び覚まされた雪矢も動揺して、赤くなってしまう。
「あの、リョウ君、アレはそういうんじゃなくて……」
「も、元から男同士に偏見とかはないっスし、社長とユキヤさんなら絵になるっつーか、ああいうトコを見ちゃってもすげーお似合いだなって納得できるっつーか……ぎゃっ! 痛っ!」
車の前で赤面して固まる雪矢に対して、まだ必死でフォローなのか弁解なのか分からない羞恥プレイを続けようとする良二の頭を、後部座席から降りてきた佐竹の大きな手が力いっぱい掴んでギリギリと締め上げた。
「おい、黙れ小僧。これ以上喋ると本気で記憶を全部飛ばすことになるぞ」
「い、痛てててっ! 勘弁して下さいよ社長!」
「雪矢、乗れ」
促されて、半分消えてしまいたい気持ちになりながら身体を小さくして広々としたリアシートに乗り込む。
黙っていると不安に押し潰されそうになってしまう今の状態では、いつもと変わらない良二の存在がありがたかった。
帰国できることになったとはいえ、しばらくマフィアに軟禁されていたという高田が今どんな状態なのかは分からない。
捕まっている間にひどいことはされなかったのか、怪我はないのか。
高田に会ったら、まず何と声をかけたらいいんだろう。
忙しく色々なことを考えていた雪矢は、動き出した車の中で隣に座る男の横顔をチラリと窺った。
「何だ」
「いえ、何でもないです」
せめて良二が話してくれれば車内の空気がもう少し軽くなるのに。
佐竹に喋るなと言われたからなのか、それとも慣れない外車に緊張して運転だけに意識を集中させているからなのか、ステアリングを握る元ホストはまったく口を開かずに車を走らせている。
何か喋っていなければ、とてもこの沈黙には耐えられないと思った雪矢は、高田と一緒にマフィアに軟禁されていたという男の存在を思い出した。
「古森さんという方も一緒に帰国されるんですよね」
「ああ、古森のために払った金も後から高田にふっ掛ける」
高田の知らないところで負債は一体どれだけの額になっているのだろうか。
聞くのも恐ろしい。
「――ラクロス部の、仲間だったんですか」
「ええーっ! 社長、ラクロスだなんてそんな爽やかなスポーツをやってたんすか!?」
良二がブフッと盛大に噴き出した瞬間、佐竹が後ろから無言で運転席に蹴りを入れた。
「古森は俺の同期で、部長を務めていた」
「親友だって言ってましたね」
「当時は、な」
「……」
そしてまた、訪れる沈黙。
写真に写っていた三人は、打ち解けた雰囲気で笑っていた。
ただ、佐竹がそのとき口にしていた“親友だった”という言葉から察するに、高田はともかく、佐竹の方はもう古森とは疎遠になってしまっていたのだろう。
以前三上から佐竹の過去を聞いたとき、父親がヤクザの組長だったと分かったことで親しかった周りの人間が皆佐竹から離れてしまったと言っていたことを思い出し、雪矢はそれ以上何も訊けなくなった。
もしかしたら古森という男も、そのとき佐竹から離れていった人間の一人だったのかもしれない。
それでも、佐竹は渠龍組の力を借りるというリスクを背負って、かつて親友だった男と高田を救い出してくれたのだ。
「……ありがとうございます」
雪矢の小さな声は確実に耳に届いたはずなのに、佐竹は険しい表情を変えず、空港に着くまでの間ずっと流れていく窓の外の景色を眺めていたのだった。
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