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 本当は、ずっと寂しかった。

 両親にもそれぞれ事情があって、仕方のないことだったのだと理解できる年齢になった今でも、叶わないと分かっている夢を諦めきれないまま今日までを過ごしてきたのだ。

「脅したりして悪かった」
「佐竹さん……」
「高田の行方は伍代が調べている。お前の大切な店を奪うような真似はしないから、安心しろ」

 すっぽりと身体を包み込む温もりと、耳元で優しく囁きかける声に甘えながら、雪矢は涙を流し続けた。

 静かな田舎町の小さな喫茶店に一人で置いてきぼりになっていた幼い雪矢を、佐竹が迎えにきてくれたような。
 そんな安心感に、射精後の疲労感が重なって、雪矢は泣き疲れた子供のようにうとうとと半分眠りの世界に引き込まれ始めていた。

「帰る場所、か」

 佐竹がぽつりと呟く声が、子守唄のように優しく耳をくすぐる。

「――だから俺は、お前に惹かれたのかもしれないな」

 眠りと覚醒の意識の淵で、雪矢は佐竹の言葉に“ああ、そうか”と納得していた。

 佐竹は、ずっと帰る場所を持たなかった仲間なのだ。
 だから『KARES』が訪れる客にとって家のように落ち着ける場所であって欲しいと願う雪矢に、心のどこかで共感を覚えて興味を引かれたのかもしれない。

 そして、雪矢も。
 無意識のうちに佐竹の抱える孤独を嗅ぎ取って、いつの間にかこの危険な野獣に惹かれてしまったのだ。

「雪矢」
「……ん」
「もう寝ちまったのか」

 相手は男で、しかも夜の街を生きるトイチの金貸し。
 そう分かっているのに、逞しい腕の中は世界中のどこよりも安心できる気がして、雪矢は涙に濡れた頬を厚い胸板に擦り寄せた。

「大人しそうに見えて意外に気が強い奴だと思ったら、素顔は泣き虫の甘えん坊とは……忙しい奴だな、お前は」

 優しく囁かれる言葉の意味は、眠りに落ちた雪矢にはもう理解することができなかった。

「可愛い顔で寝やがって」

 ただ、唇に落とされた甘いキスの味だけは夢と現実の狭間でもはっきりと感じることができて、温かい幸福感に満たされた寝顔には無意識のうちに柔らかな笑みが浮かんでいた。



 高田が無事に帰ってきたら、すべてが解決する。

 佐竹への借金もきちんと返済して、今まで通りの『KARES』が戻ってきて。

 そして、佐竹との関係は、どうなるのだろう?
 十日に一割の利子代わりに身体を差し出すという名目がなくなった後、佐竹は普通の“客”に戻るのだろうか。

 高田がいなくなってしまう前と同じように、客の少ない時間帯を狙ってふらりと訪れ、一杯のコーヒーを飲んで帰って行く。
 そんな佐竹の背中を見送る自分を想像した時、それまで何とも思わなかった距離感が、今の雪矢には堪らなく淋しく思えた。

 ――佐竹が“帰る場所”になってくれたらいいのに。

 ふと浮かんだ小さな願いは、するりと記憶の網を抜けて、跡を残すこともなく深い眠りの底へと落ちて消えていってしまったのだった。




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