1



○●○


 会いたいと思うとなかなか会えないもので、それまで頻繁に『KARES』に通っていた佐竹は、高田の借金のことを三上に伝えに来たというその日以降雪矢の前に姿を現すことはなかった。

 三上の話だと、あれだけ毎日のようにカフェタイムに顔を出していた良二も最近は店に来ていないらしい。

 佐竹の手でイカされ、その後、全裸で尻を掘られかかっているところを良二と伍代に目撃されるという恥ずかし過ぎる出来事があった後で二人に店に来られても冷静に対応することは出来なかっただろうから、雪矢にしてみれば助かったと言えないこともないのだが。
 初めて出会った日以来、こんなに長い間佐竹に会わない日が続いたことがなかったので、もしかしたら佐竹の身に何かあったのではないかという不安が胸を過ぎり始めていた。



「最近佐竹さんがいらっしゃいませんね」
「ああ、佐竹さんか。元々そんなに頻繁に通う人でもなかったからなー」
「そうなんですか?」

 午前一時過ぎ。
 閉店作業を終え、ロッカーから着替えを取り出しながらため息をつく雪矢の隣で、既にラフなジャケットとジーンズに着替えてしっかりセットされていた髪を崩していた香田が頷いた。

「たまーに閉店間際にフラッと立ち寄って、一杯飲んで行くくらいだったし。ま、ユキに会ってからはカフェタイムに通い詰めてたみたいだけどな。色々忙しい人なんだよ」
「忙しいだけならいいんですけど……」

 高田からは相変わらず、何の連絡もない。
 ということは、利子代わりに身体を差し出すというあの時の契約がまだ効力を持っているはずなのに。
 あの日以来佐竹から何の連絡もないことに安心していいのか何なのか、雪矢は自分でもよく分からなくなっていた。

「無理な取り立てをして逆にお客さんに刺されちゃったりとか、どこかのチンピラに撃たれちゃったりしてるんじゃないかってちょっと心配です」
「……顔に似合わず結構バイオレンスなことを心配するんだな」
「だって、危ない仕事じゃないですか」
「佐竹さんなら大丈夫だろ。むしろあの人を襲う人間の方がどんな目に合わされるか分からないって」

 雪矢のコーヒーを飲む度に佐竹が多めに置いていく“チップ”を貯めた瓶が、スタッフルームの棚の片隅にひっそりと佇んでいる。

 佐竹はもう、雪矢の淹れるコーヒーを飲みに通うことはないのだろうか。

 そして、高田は今、どこで何をしているのだろう。

「お疲れ様でした」
「おう、お疲れさん。気をつけて帰れよー」

 胸の中で大きく膨れ上がっていく不安を鎮めることができないまま店を出て香田と別れた雪矢は、明るい表通りに出ると同時に、ふと足を止めた。

 路肩に泊められて異様な存在感を放っている黒塗りの外車には、見覚えがある。

 一般人があからさまに遠巻きにして通り過ぎていくその車に、雪矢が吸い寄せられるように近付くと、運転席のドアが開いて中から危険な香りをまとったヤクザ顔の男が姿を現した。

「佐竹さん!」
「久しぶりだな、雪矢」

 夜の街に、この男を包む空気はよく似合っている。

 ぼんやり立ち尽くす雪矢に顎だけで“乗れ”と合図を送って、佐竹は獲物を前にギラついた野獣の瞳を輝かせながら低い声で囁いた。

「今日が十日目だ」
「え……?」
「――利子の回収に来たぞ」

 金の代わりに身体を差し出せ、と。
 暗に要求されている内容はえげつないものなのに、“雪矢”と呼ぶ声が何故か優しい響きを含んでいたような気がして、雪矢は大きな黒い瞳を真っすぐに佐竹に向け、黙って助手席のドアを開いたのだった。




(*)prev next(#)
back(0)


(37/94)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -