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 そこで始めた商売が金貸しだったというところが、いかにも佐竹らしいといえば佐竹らしいのだが。

 父と兄の職業を考えれば普通の企業務めは難しかっただろうから、思い切った路線変更は仕方なかったのかもしれない。
 むしろ、今の佐竹を見る限り、トイチの金貸しは天職なのではないかという気もする。

「佐竹さんに、そんな過去があったんですか」

 今まで想像したこともなかった佐竹の過去に触れたことで、雪矢の中では佐竹に対する印象が変わりつつあった。

「ああいう商売だし、不器用で誤解されやすいところもあるけど、あの人の根の部分には……大学を出るまでの優しい佐竹さんがいるんだよ」

 三上の言葉に、深く頷く。

 今なら、佐竹を慕い懐いていた高田の気持ちもよく分かった。

「それで高田店長も“根は悪い人じゃない”って言っていたんですね」
「何だかんだ言いつつ結局良二君を拾っちゃうあたり、面倒見の良さは昔と変わっていないんじゃないかな」
「あれで結構可愛がっているみたいですもんね」

 ひと通り話し終えた三上が綺麗に空いたカップをカウンターテーブルの上に戻す。

 少しぬるくなったコーヒーを飲み干して、雪矢は、ヒトの身体を散々弄びながら自分は一度もイこうとしなかった野獣に想いを馳せた。

 金の代わりの暇つぶしのようなことを言ってはいたが、雪矢に触れる佐竹の手は優しく、名前を呼ぶ声は甘かった。

 もしかしたらあの時。
 雪矢が気付かなかっただけで、冷徹なトイチの金貸しの顔の下に、いつもコーヒーを淹れる雪矢に向ける熱い視線が隠されていたのかもしれない。

「――会いたいな」

 いつの間にか、雪矢の口からはそんな言葉がこぼれていた。

 あんなに恥ずかしいことをされた後で、佐竹の顔を見たいと思うなんて、自分でもおかしいと分かっている。

 それでも、雪矢は佐竹に会いたかった。

「雪矢君なら、あの手負いの獣の傷を癒してあげられるかもしれないね」
「え?」
「何度も信頼を裏切られて、誰も信じられなくなって、一番傷付いているのは佐竹さん自身だから。雪矢君は佐竹さんを裏切ったりしないでしょ」
「……」

 裏切るも何も、そもそも佐竹が雪矢にそこまでの信頼を感じているかどうかが疑問ではある。
 ――が。
 掴まれた腕を、雪矢の方から離すようなことだけは、したくなかった。

「相手が佐竹さんじゃなくたって、俺は誰かを裏切ったりなんてしませんよ」
「そうだね。だから、ずっとそのままの雪矢君でいてほしいな」
「俺は、ずっと俺です」

 そして、高田も絶対に、誰かを裏切って逃げるような人間ではない。

 今は何か事情があって日本を離れているのかもしれないが、必ず戻ってきて、佐竹に借りていた金も返すはずだ。

 可愛がっていた後輩を信じきれない自分自身に佐竹が苛立っているのだとしたら、高田が帰るまで側にいて、佐竹の代わりに高田を信じ続けたい。

 心の中でこっそり決意した雪矢の頭を、三上の細い指がふんわりと撫でていった。

「あまり一人で無理をしちゃ駄目だよ。深刻な事態になる前に必ず、俺か香田に相談するように」

 昨日の佐竹との恥ずかしい出来事を知っているはずはないのに、すべてを見透かしたような妙に鋭い三上の言葉に、雪矢は大きな目を瞬かせた。

「そういえば、三上さんは何でそんなに佐竹さんの過去に詳しいんですか」
「ふふ、気になるかい?」
「――別に、ものすごく気になるとかではないですけど」

 自分から進んで身の上話をするようなタイプではない佐竹の情報を、ここまで詳しく仕入れた経緯は気になる。

 もしかして、自分の知らないところで三上と佐竹の間に深い繋がりがあるのかと思いきや、返ってきた答えはあまりにありふれたものだった。

「閉店後に飲んでいた店長がベロベロに酔っ払って佐竹さんと伍代さんに絡みまくってね、号泣しながら二人を質問責めにしてあれこれ聞き出していたのを、俺は後片付けがてら盗み聞きしていただけだよ」
「高田店長……」

 その場にいなくても、これだけ人を振り回す人間はなかなかいないだろう。

「早く帰って来て欲しいものだね」
「はい、本当に」

 今頃どこにいるのかも分からないオネエ口調の顎ヒゲ店長の顔を思い浮かべ、その身の安全を願う。

 静かな時間は「副店長! この買い物リストは鬼ですよ!」と、両手でも抱えきれないほど大量の食材と日用品に押し潰されそうになりながら涙目になって帰ってきた香田の悲鳴と、その後に続いて入ってきた常連客の一団の賑わいに変わり、忙しい時間帯に備えて、雪矢は再びキビキビと働きはじめたのだった。



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