6


 渠龍組の前組長、つまり佐竹の父親が突然の病に倒れて組織内部の抗争が激化したその当時、佐竹は大学生だった。

 本来であれば組を継ぐのは若頭であった組長の息子のはずなのだが。
 武闘派路線を捨てて経済ヤクザとしての生き残り策を示す次期組長に反感を抱く者は多く、幹部の一人が組長のもう一人の息子である佐竹を養子に取って“後見人”として跡目争いに名乗りをあげようとしたことで、それまでヤクザとは無関係の一般市民だった佐竹は激しい内部抗争に巻き込まれることになったのだという。

「佐竹さん、実のお父さんがヤクザなのに更にヤクザの養子になっちゃったんですか!」
「まさか。いくら金を積まれたって、あの人はそんな馬鹿な話に乗ったりしないよ」
「……ですよね」
「今のあの極道顔からは想像できないけど、結構優秀な学生だったらしくてね。既に大手証券会社の内定をもらって、春からは証券マンとして働くはずだったんだって」

 時折コーヒーを味わいながら、佐竹の過去を話す三上の口調は優しくて、どこか雪矢を諭すような響きがある。

 どうして三上が佐竹についてそんなに詳しく知っているのかが気になりつつも、雪矢は黙ってその話に耳を傾けた。

「でも……情報っていうのはどこかから洩れるもので、肉親がそういった職業の人だっていうことを知られて会社に内定を取り消されちゃったんだよ」
「そんな!」

 ――ひどい、と言うことはできない。

 たとえ生前一度も顔を合わせたことがないような関係であったとしても、ヤクザの組長の息子を入社させようと思う会社は少ないだろう。
 それは、ごく当たり前のことだ。

 ただ、本人にまったく落ち度のないことで佐竹という人間が否定されてしまったような気がして、雪矢は悔しさに唇を噛み締めた。

「親がどんな人でも、佐竹さんは佐竹さんなのに」
「いつの間にか学内にまで噂が広がって、それまで付き合いのあった友達も距離を取るようになったって言ってたから、相当辛かっただろうね」
「それであんなにおっかない顔と性格になっちゃったんですね……」
「いや、多分それは元々だと思うけど」

 会ったこともない父親の突然の死によって、佐竹の人生は激変してしまった。

 組の争いに巻き込まれたりしなければ今頃、優秀な証券マンとしてその手腕を奮っていたのかもしれない。

 現組長の襲名で抗争が収まった後、改めて腹違いの兄との対面を果たした佐竹は、今後自分が組に関与しない代わりに、組からの干渉も受けない約束を取り付けたのだという。

「お兄さんは意外にデキた人で、そんな出会い方だった割に今でも兄弟仲は悪くないらしいんだよね」
「へえ……」

 佐竹と似た顔を持つヤクザの組長と、佐竹。
 そんな兄弟を想像しただけで雪矢には恐ろしいが、二人の仲が悪くないというのは意外である。

「伍代さんはその時にお兄さんからもらったんだって。“オヤジが最期に迷惑をかけた詫びだ”ってね」
「えっ? 伍代さんをですか!?」

 三上の口から飛び出してきた意外な人物の名前に、雪矢は大きな目を丸くして訊き返した。

 佐竹と伍代の出会いがそんなところにあったことも驚きだが“もらった”という表現も気になる。
 イヌやネコの子じゃあるまいし……と言いかけた言葉は、三上の更なる衝撃発言に消されてしまった。

「当時若頭補佐として自分の片腕を務めていた男を惜し気もなく弟にくれてやるなんて、なかなか太っ腹だよね」
「えっ、若頭補佐って……伍代さん、元ヤクザだったんですか!?」
「あれ、知らなかった? そのまんま見た目通りじゃないか」
「見た目的にはそのままなんですけど」

 極道な外見に似合わず意外に物腰の丁寧なあの秘書よりは、佐竹の方がよっぽどヤクザのような雰囲気を漂わせていただけに、意外といえば意外である。

「……迷惑料に伍代さん、ですか」

 いくら若頭補佐というヤクザの中ではそれなりの地位にあった人物でも、あまりもらって嬉しいモノではなかっただろう。

 そんな雪矢の考えを読み取ったかのように、三上が補足説明をくわえてくれた。

「あの人、あんな極道顔で意外に渠須大卒のエリートで法律・会計系の色々な資格を持ってるんだよ」
「えっ!」
「だから、組のいざこざで就職がフイになっちゃった佐竹さんが自分で何か始めるなら、その手助けになると思って付けてくれたんじゃないかな」
「へえぇ……!」



(*)prev next(#)
back(0)


(35/94)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -