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 高田は必ず帰ってくる。
 そう信じて真っ直ぐに自分を見つめ返してきた雪矢の顔を思い出し、佐竹は苦々しい思いで煙を吐き出した。

「高田の件は引き続き調べて、情報が入り次第知らせてくれ」
「はい」

 高校時代から可愛がってきた後輩を信じたい気持ちは、佐竹も同じだ。
 高田が借金を踏み倒して逃げたりする人間ではないことも、あの店を何より大切にしていることも知っている。

 ただ、金が絡むと人は簡単に人を裏切る。
 それは、十年近く金貸しを続けてきた佐竹が学んだ真実だった。

 真面目で誠実そうな工場長が家族と従業員を残して蒸発してしまうのも、珍しいことではない。
 親友を保証人に立てて、最初から返す気のない金を借りる人間もいる。

「あの野郎……どこに消えやがった」

 雪矢はあんなに健気に高田を信じて待っているというのに。

 胸の奥に沸き上がる苛立ちは、雪矢の信頼を裏切って消えた高田へのものなのか、そんな高田を一途に信じる雪矢へのものなのか、それとも一時の激情に任せて細い身体を欲望のままに弄んだ自分へのものなのか。
 考えれば考えるほど深みにはまって抜け出せなくなり、佐竹はいつの間にかフィルターを噛み潰してしまっていた煙草を灰皿に押し付け、太く凛々しい眉の間にシワを寄せたまましばらく火の消えた煙草を睨みつけていた。

「メシはどうしますか」

 さっきから物音のしない寝室を気にしながら、伍代が尋ねる。

 雪矢のほっそりとした身体の触り心地を思い出した佐竹は、少し考え、指示を出した。

「良二に枯寿楼の中華粥を買って来させろ」
「枯寿楼の中華粥ですか。雪矢さんがいらっしゃると、さすがに豪勢ですね」
「あれなら食欲がなくても食えるからな」

 海鮮の旨味がたっぷりと染み込んだ白米の上にアワビがのせられた中華粥は、滋養効果が高く、胃にも優しい。

 夏バテという訳ではないだろうが、少し痩せ気味の雪矢に栄養価の高い物を食べさせようという佐竹の心を知ってか知らずか、大好物の高級粥の名前を聞いて厳つい顔を気持ち程度緩ませた伍代は、良二に電話をかけて勝手に“大盛り”を四人分買ってくるよう伝えていた。

「雪矢さんを見たら、リョウの奴が騒ぐかもしれませんね」

 電話を終えた伍代が、ノートパソコンを閉じて食事のための準備を始め、ボソリと呟く。

 初めて出会った日以降雪矢を恩人として慕い、懐いている良二が、先程までの一部始終を知れば黙ってはいないだろうということは、佐竹も予想がついていた。

「騒いだところで、あいつに何か出来る訳じゃねえだろ」
「それはそうですが」
「犬コロが勝手にご主人様のモノに手を出すんじゃねえってことを、しっかり教えてやる」
「……アレは生粋の女好きです。雪矢さんをそういう目では見ていないのではないかと」
「うるせえ。どういう目で見ていようが、あいつは雪矢に懐き過ぎだ」

 雪矢の可愛い脅迫に乗って借金を肩代わりした時にはまったく期待していなかったが、使い始めてみると良二は意外に機転が利く男で、元ホストの接客術が活きているのか、特に女性から情報を仕入れることにかけては絶大な力を発揮していた。
 いかにも堅気の人間ではない佐竹や伍代が行くと露骨に嫌がられる集金先も、良二を回すことで回収がスムーズになっている。

 本人も、ホスト業より今の仕事が向いていると感じているようで、時々憎まれ口を叩きながらもそれなりに佐竹と伍代を慕っている様子は、可愛いと思えないこともないのだが。
 外回りの隙を見つけていつの間にか『KARES』の常連になり、ちゃっかり雪矢に“リョウ君”などと呼ばれる仲になっているのは、腹立たしい。

「あまり酷いことはなさらないで下さい」

 普段は佐竹のすることに口を出さない秘書が、珍しく雪矢を庇うような言い方をするのが気になって顔を上げると、伍代は相変わらず表情の読めない厳つい顔のまま、肩をすくめて見せた。

「あの店のコーヒーは私も気に入っています。出入り禁止になるのは困りますから」
「そういうことは、ヤる前に言え」

 言われたところで、沸き上がった雄の欲望を押さえられたとは思わないが。

 押し寄せる快感に戸惑いながらも気丈な姿勢を崩さなかった雪矢の黒く潤んだ瞳を思い出し、佐竹の血は再びじわじわと熱を増し始めたのであった。




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