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 極上の獲物を前に中途半端な“おあずけ”を課され、限界まで高ぶったまま放置状態になっている下半身のブツをどうしたものか。

 雄臭い行為の名残を隠しもせずに寝室から出てきた佐竹だったが、いきり立っていた暴発寸前のイチモツは、リビングでパソコンと書類一式を広げて黙々と仕事を続ける五分刈り頭の厳つい巨漢秘書を見た瞬間に鎮まり、急速に萎えていった。

 隣の部屋から漏れる艶やかな嬌声を聞き流し、忠実に任務を果たしてくれていた伍代には悪いが、間違っても手を出す気にはなれない厳ついヤクザ顔の大男が秘書でよかったと勝手に思わずにはいられない。

「お疲れ様でした」

 寝室から出てきた佐竹に気付き、伍代はテーブルの上に広げた書類を片付け始めた。

 自分の上司が今まで何をやっていたのか知らないはずがないのに「お疲れ様でした」はないだろうという気もするが、伍代に嫌味のつもりがないのは分かっているので曖昧に頷いて受け流す。

 この男は佐竹がトイレから出てきた時にもキッチリと頭を下げて「お疲れ様でした」と言うような男なのである。
 秘書としてもボディーガードとしても優秀な男だが、融通の効かない性格だけが玉に瑕だ。

「何か言いたそうな顔だな、伍代」
「は、……いえ、そのようなことは」

 気だるげにキッチンに入り、適当に手を洗ってリビングに戻った佐竹は、伍代の向かいのソファーに腰を下ろした。

「言いたいことがあるなら言え」
「今日は食事にお誘いするだけと聞いていたので、まさかああいった“食事”だとは思わず……驚きました」

 佐竹以上の極道顔にもかかわらず意外に常識人の秘書は気まずそうに俯き、先程までの雪矢の声を思い出したのか、耳の先を赤くして遠回しに佐竹の行為を窘めた。

「もっとハッキリ言っていいんだぞ」
「はあ、正直に言わせて頂くと“最低”の一言に尽きます」
「ハッキリ言い過ぎだ」
「申し訳ありません」

 佐竹が絡むのはちょっとした八つ当たりだと分かっているのだろう。
 伍代はそれ以上何も言わない。

 最低なのは、伍代に言われるまでもなく自覚していた。

 狙った獲物を男女見境なしにベッドに誘う無節操さは否定しないが、それはお互いに遊びを楽しめる相手の場合に限る。
 見るからに遊び慣れない純粋そうな青年を脅してその身体を弄ぶようなことは、さすがに今まで一度もしたことがなかった。

 高田が急に海外に消えてしまったことを知り、雪矢から話を聞こうと思ったところまではいつもの冷静な自分でいられたのだと思う。
 勤め始めたばかりの雪矢に借金の話をしても意味がないのは分かっていたし、最近の高田の行動に不審な点はなかったか、怪しい人物からの接触はなかったか、それだけ確認できればいいと思っていたのだ。

 もちろん、高田の情報を仕入れることを口実に雪矢を食事に誘い出し、酒が入ったところで少しくらい不埒な悪戯をしてもいいだろうという下心はあったが、あそこまで生々しい行為に及ぶつもりはなかった。
 少なくとも、店の前で雪矢に会うその瞬間までは。

「嫌われたと思うか」
「……好かれたとは思えません」
「だろうな」

 何故あんなことをしてしまったのだろう。

 確かに雪矢は線の細いはかなげな美人で、佐竹の好みのタイプではあるが、あの行為はつまみ食いと言うにはやり過ぎだ。
 やり過ぎだと分かっていても、突然姿を消した高田を一途に信じて店を守ろうとする雪矢を見ていると、その純粋さを傷付けずにはいられなかった。
 我ながら悪趣味なことこの上ない。

 自分の行動が理解出来ず、佐竹は取り出した煙草に火をつけ、やや厚みのある唇でそれをくわえた。

「高田の居場所は?」

 普段なら気持ちを落ち着かせてくれるはずの一本も、壁の向こうに雪矢の気配を感じるだけで、味も分からなくなってしまう。

 常識人秘書の責めるような視線から逃れたくて話題を逸らすと、立ち上げたパソコンのディスプレイを覗きながら、伍代はこれまでに集めた情報を淡々と報告し始めた。

「マレーシア行きのチケットを買ったのは間違いないようですが、その後の消息は不明です」
「マレーシア、か」
「それと……駅前の居抜き物件ですが、どうやら転売に失敗した訳ではなさそうですね」
「何?」
「名義の変更はまだ行われていませんが、先週、イタリア料理店のオーナーが高田さんと契約を交わしたようです」

 高田が自分に不利な条件で契約を結ぶとは思えないので、転売を狙っていた物件は予定通りの価格で売れたのだろう。

「ヤバい相手じゃねえだろうな」
「いえ。都心に系列店舗を展開しているごく普通の飲食店で、調べた限りでは背後に黒い噂もありません」
「ふうん」

 佐竹に全額返済できるだけの金を、既に高田は手にしていた。

 だとすれば、何故急に日本を離れてしまったのか。理由がますます分からなくなる。



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