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 せめてここに良二がいれば、場の雰囲気は違っていたのかもしれないが。
 暴れて抵抗する雪矢を車の中に押し込み、自分も後部席に乗り込んだきり険しい顔で口を開かない佐竹と、元々口数が少なく無表情な伍代しかないない車内に流れる沈黙はひたすら重く、自分がこれからどうなってしまうのかという不安に、雪矢は細い身体を微かに震わせた。

 以前佐竹と伍代が言っていたようにバラして犬の餌にされるようなことはないだろうが、雪矢にとってあまり嬉しくない結果が待ち受けていることは間違いない。

 高田がいない今、店の経理を担当しているのは三上であって、新米スタッフの雪矢が金の出入りについて把握している訳がないのに。
 それを知っているはずの佐竹が何故自分を無理矢理連れ去るような行動に出たのか、雪矢には分からなかった。



「着いたぞ。降りろ」
「――え?」

 人気のない港の倉庫かどこかに運ばれて、残虐な行為の数々をその身に受けるハメになるのかと思いきや、伍代が車を停めたのは、都心の一等地にそびえ立つハイグレードマンションの駐車場だった。

「あの、ここは……?」

 かすれた声で呟かれた問いには答えず、佐竹は雪矢の腕を掴み、車の外へと身体を引きずり出す。

「佐竹さん、痛いです!」

 強引な扱いに堪らず叫ぶと、振り向いた佐竹は苦々しげに舌打ちして雪矢の腕を離し、今度はその手を細い腰に回して、ピッタリと寄り添うように並んで歩き始めた。

「やだ……っ、離して下さい!」
「離せば逃げるだろうが」

 逃げない、とは言わないが、男二人でピッタリと密着して歩く姿はかなり怪しい。

 夕暮れの駐車場には幸い雪矢たち以外の人間はいなかったが、マンションの住人にこの姿を見られたら……と思うと、雪矢は気が気ではなかった。

「それとも、伍代に運ばれたいか?」
「それだけは絶対に嫌ですっ」

 チンピラに集団にボコられた後で米俵のように伍代の肩に担がれ、運ばれていた良二の姿を思い出し、即答する。
 あんな恥ずかしい運ばれ方をするくらいなら、ゲイカップルと間違えられた方がマシだ。

「佐竹さん、俺、お店のお金のことは全然知りません」
「いいから黙って歩け」
「でも」
「黙って歩け、と言っている」

 耳元で落とされる低音の美声に感情の色はなく、佐竹が何を考えているのかは分からない。

 無理矢理連れて来られてこの先何をされるかも分からないというのに、鼻先を掠める煙草の香りと密着した温もりから伝わってくる規則正しい鼓動は何故か優しく感じられて、雪矢は黙って佐竹の隣を歩き出した。


○●○


 意外にもシンプルであまり生活感のないマンションの一室に連れ込まれた雪矢は、慣れた様子で二人分のコーヒーを用意する伍代の姿を見てようやく、ここが佐竹の住む部屋らしいと気付いた。

 今座っているやけに座り心地のよいソファーも目の前にあるガラスのテーブルも、凝ったデザインではないが、それなりの値段がするものなのだろう。

「プロにお出しするようなものではありませんが、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 普段とまったく変わらない厳つい顔で伍代が雪矢の前にカップを置き、その隣に、立ったまま黙って雪矢を見下ろす佐竹の分のカップを並べる。
 ありがとうございます、とは言ったものの、雪矢は出されたコーヒーに口をつける気にはなれなかった。

 このシチュエーションで出されたモノに何か怪しげなものが入っていない保証はどこにもないし、何より、心穏やかにコーヒーを飲みたい気分ではない。

「それで? 高田からの連絡があったんだろう。アイツは何だって?」

 ジャケットを脱ぎ、外したネクタイを伍代に渡して、佐竹は雪矢の隣に腰を下ろした。

「それが……しばらく店には出られないということしか聞いていないんです。三上さんと香田さんにも連絡があったそうなんですけど、やっぱり内容は同じだったみたいで」



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