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 その日は、週に一度の『KARES』定休日だった。

 休日に、あれこれと溜まりがちな家事を片付けるというのが雪矢の趣味なのだが、狭い部屋が一つとダイニングキッチンしかないボロアパートの一室は大して時間をかけることもなくすぐに掃除が終わってしまう。

「いい天気だな」

 絶好の洗濯日和と言える快晴の空を見上げ、今日はシーツを窓際に干そうと決意した雪矢が洗濯に取り掛かろうとしたその時。
 ベッド脇に置いてあった携帯が軽快なメロディーを奏で始めた。

 友人からの突発的な遊びの誘いか、それとも母か妹から「たまには帰ってきなさいよ!」という食事の誘いか。
 シーツを抱えたままディスプレイを確認せずに電話に出た雪矢の耳に飛び込んできたのは、意外な人物の声だった。

『もしもし、ユキヤちゃん? アタシよ、アタシ!』
「――店長?」

 野太い声で自分を“アタシ”と呼ぶ人物には、一人しか心当たりがない。
 休みの日に高田から連絡があることは珍しく、もしかして店に何かあったのだろうかと一瞬胸を過ぎった雪矢の不安は、残念ながら見事に的中してしまった。

『お休みの日にごめんね。アタシ、明日からしばらくお店に出られなくなりそうだからユキヤちゃんに連絡しなきゃと思って』
「えっ?」

 突然の知らせに、雪矢は思わず抱えていたシーツを床に落とした。

 元々『KARES』のスタッフは高田を含めて四人しかいない。
 店長の高田がしばらく店に出られないとなると、残るのは副店長の三上とバーテンダーの香田、そして新米スタッフの雪矢だけだ。
 少しずつ仕事に慣れてきたとはいえ、まだまだ一人前の戦力としてカウントできない雪矢を除くと、実質的には三上と香田の二人体制になってしまう。

 予想だにしていなかった緊急事態に、雪矢の視界は暗くなった。

「何かあったんですか」
『今はちょっと事情を話してる時間がないんだけど、帰ってから必ず説明するわ!』
「帰ってからって……もしかして今、空港ですか?」

 電話の向こう側のざわつきに混じって、微かに英語のアナウンスが聞こえてくる。
 アナウンスの中に含まれる“マレーシア”や“上海”“シンガポール”という言葉が聞き間違えでなければ、高田がいるのは国際線のターミナルなのだろう。

 これから一体どこへ行こうというのか、いつ帰ってくるのかを聞きたい雪矢だったが、高田は何やら慌てているらしく、雪矢の問いには答えず、早口で言いたいことだけを伝えてきた。

『お店のことはミカミちゃんに任せてあるから、指示に従ってちょうだい。入ったばかりなのにユキヤちゃんには迷惑かけちゃって本当にごめんね! でも……男として、どうしても行かなきゃならないの!』

 男らしさとは掛け離れたオネエ口調で“男”を語られるのはかなり微妙だが、今はそんなことを突っ込める雰囲気でもなさそうだ。
 わずかに震える声から、高田の動揺と切羽詰まった様子が伝わってくる。

「迷惑ということはないんですけど。店長、戻るのはいつ頃に……」
『じゃあアタシもう行くわね! ごめんねユキヤちゃん、お店をよろしくね!』
「えっ、店長!?」

 結局、雪矢の質問には何ひとつ答えてもらえないまま電話は切れてしまった。
 無駄だろうなと思いつつ一応かけ直してみても、案の定、既に電源を切ってしまっているのか、高田の携帯には繋がらない。

「……えー……!」

 何よりも『KARES』を大切にしている高田が、そう簡単に店を休んでどこかに行ってしまうはずがない。
 一体何があったというのか。

 しばらく呆然と携帯を見つめていた雪矢だったが、すぐに我に返り、三上に連絡を取って、指示通り定休日の『KARES』に駆け付けたのだった。




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