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○●○


 カラン、とドアのベルが鳴って来客を知らせる。

「ユキヤさーん、お疲れ様っす」
「リョウ君! いらっしゃいませ」
「今日もあちーっすね。あ、俺アイスコーヒーで」
「かしこまりました」

 すっかり馴染みの客になった良二がいつものカウンター席に腰を下ろすと、奥のテーブル席に座っていたOLらしき女性客三人組がチラチラと熱い視線を投げ掛けているのが雪矢の視界に入った。

 伍代に担がれて初めて店に来たときには、左頬が腫れて鼻血まみれだった良二の顔はすっかり治り、女性客の目を引く甘いルックスで笑顔を振り撒いては『KARES』の売り上げアップに貢献してくれている。
 ホスト時代に着ていた妙にきらびやかなスーツより、シンプルな色シャツとネクタイに明るいグレーを合わせた今のスーツ姿の方がよっぽど似合っていて、スラリと背の高い良二を魅力的に見せていた。

「今日も外回り? 暑いのに大変だね」
「もー、人使い荒過ぎっすよ、あのオッサン達!」
「オッサンなんて言っちゃ駄目だよ。佐竹さんも伍代さんも、あの顔で意外に見た目よりは若いんだから」
「……あまりフォローになってないっす、ユキヤさん」

 佐竹が良二を自分の下で働かせると言い出したときはどうなることかと心配した雪矢だったが、意外に待遇は悪くないらしく、時々雪矢にグチをこぼしたりしつつも、それなりに頑張って働いているようだ。
 佐竹の経営する街金ではなく、主に裏商売の方の手伝いをさせられていると聞いてから、雪矢はその仕事内容については深く聞かないようにしていた。

「はーい、お待たせいたしました。スペシャルアイスコーヒー、アタシのサービスでたっぷり入れておいたわ」
「うわ、あ、ありがとうございます」
「店長……いくら何でもジョッキ一杯のアイスコーヒーは入れ過ぎじゃないですか」
「リョウちゃんへの愛よ、愛」

 出会った日以来、雪矢を恩人として慕い、毎日のように店に顔を出すようになった良二だが、ブラックコーヒーは苦手らしく、頼むのはいつもアイスコーヒーで、たっぷりのミルクとガムシロップを入れて飲む。

 面食いの高田はすっかり良二を気に入っていて、雪矢も、弟のように自分を慕う良二の来店を楽しみにするようになっていた。

「そういえば俺の背負わされてた借金、昨日で全部チャラになったんすよ」
「えっ?」

 ジョッキ一杯に注がれたアイスコーヒーにたっぷりのミルクとガムシロップを入れて混ぜながら、良二が思い出したように口にした言葉に、雪矢は顔を上げた。

「社長がヒカルさんの居所を突き止めて、そっちから直接取り立ててくれたんス」
「ヒカルさんって、リョウ君のホスト仲間の人だったよね。どこに行ったか分からないって言ってたの……見つかったんだ」

 良二がチンピラに絡まれることになった原因が、ヤクザから金を借りて勝手に良二を保証人にしたホスト仲間の“ヒカルさん”だったはず。
 身に覚えのない借金がチャラになったにもかかわらず、ホスト仲間が見つかったと報告する良二の顔は、何ともいえない複雑なものだった。

「すげぇっすよ、あのオッサン達。情報網も半端ねぇし、容赦ねぇっつーか……化け物みてーに強いんスよ」
「なに、何? 何があったの?」

 良二は雪矢に説明していたはずだが、興味津々といった表情で目を輝かせて、やじ馬根性丸出しの高田が聞きの体勢に入る。

「取り立てに俺も立ち合わされたんスけど、ヒカルさん、ヤバいっぽい仲間に匿ってもらってたみたいで、話してる途中でそいつらがいきなり襲い掛かって来たんス」
「キャー、アタシそういうバイオレンスな話大好き!」
「向こうはヤバそうなのが二十人くらいいたのに、社長と伍代のオッサンの二人で、何分もかからないうちに片付けちゃって……」

 その時のことを思い出したのか、顔を強張らせて肩をブルッと震わせる良二に、雪矢の顔は青ざめた。

「片付けるって、まさか、殺しちゃったってこと……!?」
「いやいや、まさかそこまでは!」
「ユキヤちゃん、いくら佐竹さんでもそこまでバイオレンスじゃないわよ」



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