12


 スタッフルームのドアを開けようとした佐竹は、そこで何かを思い出したらしく、引き締まった唇にニヤリと危険な笑みを浮かべ、振り返って鋭い瞳で高田を見下ろした。

「――口が軽いのは相変わらずだな、高田」
「えっ!? 何なに、何のことかしらっ」

 不機嫌オーラ全開の極道顔より、ある意味この笑顔の方が何倍も怖いかもしれない。
 佐竹の言う「口が軽い」の意味をすぐに理解したらしい高田に青ざめた顔を向けられ、雪矢は無言で謝罪の視線を送った。

 良二を助けるためとはいえ、学生時代の話を脅迫めいた行為のネタにしたのはやはりまずかった。
 高田の身に何が起こってしまうのか……と怯える雪矢だったが、意外にも、佐竹が口にしたのは高田の名前ではなかった。

「雪矢」
「はい……!」

 重低音の美声で呼ばれ、雪矢は立ち上がって佐竹の前に立つ。

「さっきの貸しは即日回収だ。今返せ」
「えっ? 今ですか?」

 返せと言われても、どう返したらいいものか。
 五百万円などという大金を、新米カフェスタッフの雪矢に返せるはずがないということは、佐竹にも分かっているはずだ。

「あの……佐竹、さん?」

 野獣を前にした獲物のように固まって佐竹の顔を見上げていると。

「わ……っ!?」

 突然、逞しい腕に強引に身体を引き寄せられ、何が何だかよく分からないまま、雪矢の唇は近付いてきた佐竹の口にピッタリとふさがれてしまっていた。

「ぎゃーっ! ユキヤちゃんっ!」

 驚いているのか怒っているのか、それとも喜んでいるのか。
 スタッフルームに高田の悲鳴が響き渡る。

「んん、ん?」

 自分が人前でキスをされている、ということに気付くまでに、どのくらいの時間がかかったのか、雪矢には分からなかった。

「ん……っ」

 苦い煙草の味の舌が、雪矢の舌に絡みつき、身体の内側から熱と快感を引き出していく。

 力の抜けつつある身体で何とか抵抗しようにも、がっしりと逞しい腕の中からは抜け出せず、いつの間にか、雪矢はすがりつくように佐竹の身体にその身を任せてしまっていた。

「ふ、ん……んッ」

 獣のように荒々しく噛みつかれたかと思えば、身体を抱き寄せる腕は優しく、その熱が心地よい。

 二十四年も生きていれば、淡泊な雪矢にもそれなりにキスの経験はあるが、これほどの強い快感は初めてだ。
 周りには高田や伍代、良二がいて、見られていると分かっているのに、じんわりと下半身に生まれつつある熱をどうすることもできず、雪矢はただ与えられる刺激に酔うことしかできなかった。

「ん……うっ、ん」

 控え目に勃ち上がったモノの先端から蜜が溢れ、じわじわと下着を濡らしていく。

「……!」

 密着した腰に、自分と同じように硬く育った佐竹の巨大な雄茎を感じた瞬間。
 野獣の唇が離れていき、すっかり腰砕けになってしまった雪矢はその場に崩れ落ちそうになる身体を佐竹に支えられ、静かにソファへと下ろされたのだった。

「な……」

 何で、こんなことを。
 当然の疑問をぶつけたかったが、快感に痺れた舌が言うことを聞かず、口からこぼれた声は自分でも驚くほど甘くかすれて言葉にならない。

 唾液に光る雪矢の唇を渇いた指先で拭って、危険な野獣は低いハスキーボイスで囁いた。

「これで貸し借りナシだ。二度目はねえぞ」
「……」

 鼓膜をくすぐる心地好い美声に、身体の芯が更に熱を増す。

 潤んだ瞳でぼんやりと佐竹を見上げると、大きな手がそっと、雪矢の柔らかい頬を撫でていった。

「ユキヤちゃんに何てことするのよ! 佐竹さんの鬼畜っ! ヤリチン、節操ナシ!」
「お前のお喋りも、今のでチャラにしてやる」
「うっ!」

 高田がキャンキャンと佐竹に噛みついている声が、遠い。

 中途半端な状態で投げ出された熱と、優しい手の感触に酔わされたまま。
 雪矢は、佐竹の大きな背中をただ黙って見送ったのだった。




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