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「店はどこだ」
「三丁目の『桃尻BOYS』っす」
「桃ボか」
「あの、俺! ヒカルさんがヤバい賭けで大負けして金が必要だとは聞いてたんすけど、借金とかは全然知らなくて……保証人になった覚えなんてないんス!」
「そんなことは聞いてねえ」

 どうやらヒカルさんというのがヤクザから金を借りた同僚ホストの名前なのだろうが、佐竹にとっては誰が何のために金を借りたかはどうでもいいことらしい。
 必死で弁解しようとする言葉を遮って良二を見下ろす獰猛な獣の瞳は恐ろしく冷たく、雪矢は初めて、佐竹の裏の顔を知ってしまったような気がした。

 出会った当初はヤクザ風の顔が怖いと思ったが、今は顔だけではなく、佐竹の纏う空気そのものが危険な香りをはらんでいて恐ろしい。

 これから一体どうなってしまうのか。
 露骨に怯える良二と、その横でうつむいて小さくなる雪矢の顔を交互に見つめ、佐竹は煙草を噛んだまま口を開いた。

「桃ボのオーナーには俺がナシつけといてやる。ホストは辞めて俺の下で働け」
「えっ!?」

 その言葉に驚いたのは、雪矢と良二だけではなく、高田と伍代も同じらしい。
 四人の視線を集めながら、火のついていない煙草をくわえた男は尊大な態度で足を組み直した。

「どのみち、その顔じゃしばらく店には出られねえだろうが」
「でも、その……暴力団とかは、ちょっと」
「文句を言える身分だと思うか、小僧? 払った金の分はきっちり稼いでもらうぞ」
「そんな!」
「お前は今日から俺の犬だ」
「犬っ!?」

 完全に佐竹をヤクザの幹部か何かと勘違いしているであろう良二は、涙目になって怯えている。

 まさか佐竹がこんなことを言い出すとは予想もしていなかったため、意外な展開に、さすがに雪矢も罪悪感を覚えた。

 雪矢としてはあの時、佐竹がチンピラ集団に「殴るのはもうその辺にしておけ」とひとこと言ってくれればそれで良二が解放されるだろう、くらいに思っていたのだ。
 それが、五百万円を即金で肩代わりし、良二を自分の下で働かせようとするなんて、予想できるはずもない。

「佐竹さん……」

 客として店に来るときには決して見せない、危険な野獣の顔を見せる男の名前を不安げに呼ぶと、佐竹は噛んでいた煙草を握りつぶし、苦々しげに舌打ちして雪矢から目をそらした。

「ヒカルだか言うホストから金を取り立てるまでの話だ。金さえ戻ってくれば、後は勝手にしろ」

 そこで初めて、雪矢は、突然のホスト廃業命令は佐竹なりの気遣いなのかもしれないと気付いた。

 顔だけがホストのすべてではないとはいえ、良二の腫れ上がった頬を見れば、しばらく店に立つことができないのは明らかだ。
 その間、まったく収入がなくなってしまうのも辛いだろう。

 ……佐竹の下で金貸しの手伝いをさせられるのとどちらが辛いかという問題はあるが、少なくとも食べるのに困ることがない分、マシだと思えないこともない……かもしれない。

「会社の金で犬を飼うつもりですか」
「さっきの五百は俺のポケットマネーから出しておく。躾はお前に任せたぞ」
「社長!」

 滅多なことでは表情を変えない伍代が珍しく困惑している様子に満足したのか、佐竹は微かに口角を上げ、握りつぶした煙草をデスク脇のゴミ箱に投げ捨てて立ち上がった。

「佐竹さん、イケメン君をあんまり苛めないであげてね」

 店に来た時と同じように自分を肩にかつぎ上げようとする伍代に対して、良二が必死に「自分で歩けるっす!」と抵抗している横で、高田がのんびりとそんなことを言う。



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