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「金さえ回収できれば文句はねぇだろ、借用書をよこせ」
「あ……、はいっ」

 多分このチンピラ集団はホストの青年を少し脅して痛めつけ、財布の中身を巻き上げるくらいのつもりで、借金を全額回収できるとは思っていなかったに違いない。

 それでもわざわざ借用書を持って取り立てに来るところは律儀というべきなのか。
 予想外の事態に札束を握りしめたままあたふたと挙動不審な動きをしていた男は、尻ポケットからシワシワによれた汚い紙を出して佐竹に渡した。

「借りた金はこれだけか? 他に余計なモンがついてるなら今片付けるぞ」
「ご、五百で全部っす」

 佐竹の漂わせる迫力は、毒のようなものだ。
 長く睨まれていると、身体中から汗が染み出して、手足が震えてくる。

 店で自分の前にいるときには一応佐竹なりに精一杯優しい顔をしてくれているのだと分かって、そんな気遣いなしに鋭い視線を容赦なく投げかけられているチンピラ集団に雪矢は心の中で少しだけ同情した。

「それじゃ……し、失礼しますっ!」
「待て」
「ひっ!?」

 一刻も早くここから立ち去りたいという表情を隠そうともせずに、深く一礼して逃げ出そうとする男達を低い声で呼び止め、佐竹が自分の財布を取り出す。

 まさかのカツアゲ……?

 取り出された財布が何を意味するのか分からず、怯えながら固まるチンピラ集団の前で、極道顔の高利貸は財布から真新しい札を何枚か抜き取り、ついさっき自分が殴り飛ばした顔面鼻血まみれの男の胸ポケットにそれを突っ込んでやった。

「治療費とメシ代だ」
「あああり、ありがとうございます……っ」
「長生きしたけりゃ、誰彼構わず手を上げるような真似は止めることだな」
「はい!」

 優しい口調ではあるが、目が全然笑っていないところを見ると、男が雪矢を殴ろうとしたことをまだ怒っているらしい。

 ポンポンと軽く肩を叩かれた男の膝は、気の毒なほど震えて、立っているのがやっとだという様子が雪矢にも伝わってきた。

「失礼しました」
「したぁっ」

 触らぬ佐竹に祟りなし。
 尻尾を巻いて逃げる負け犬のように、チンピラ集団が走り去っていく。

 ようやく肩の力を抜いた雪矢は、振り向いた佐竹の鋭い視線に捕らえられ、そのまま動けなくなってしまった。

 本能が、目の前にいる男の獰猛な野生を感じ取る。

 雪矢を見つめるその瞳はチンピラ集団に向けていた威嚇するようなものではなく、極上の獲物を前に狩りの本能が呼び覚まされた雄の瞳だった。

「あの、ありがとう、ございました」

 かすれた声で何とか礼を伝えると、雄の色気を感じさせる口元に、微かな笑みが浮かんだ。

「一つ貸しだぞ、雪矢」
「……!」
「俺を脅迫するとは、たいした度胸だ」

 低音の甘い美声で初めて名前を呼ばれたその瞬間。
 身体がじわりと熱を帯び、絡められた視線から逃れられないまま、雪矢は自分が野生の獣に捕らえられた獲物になってしまったような気がした。




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