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根は悪い人間ではないのかもしれないが“いい人”というには無理があり過ぎる。
学生時代にラクロスに打ち込んでいた爽やかスポーツマンが、どうしたらこんな極道な男に成長してしまうのか……などと考える雪矢の頭の中では、今朝の高田の必死のフォローは消え去ってしまっていた。
「佐竹さん、勘弁して下さい。俺ら、こっちの用事で気が立っちまってて……」
「素人に迷惑かけるんじゃねえ」
「申し訳ありませんっした!」
路地裏にいたチンピラ達が駆け寄り、綺麗に並んで頭を下げる。
素人というのは、一体何の素人なのだろう。
高田の話では佐竹は組の構成員ではないはずなのに、素人にはカテゴライズされないのか。
ヤクザの幹部とパシリのチンピラ集団にしか見えないその構図に、一刻も早くこの場から逃れたいと思わずにはいられない雪矢だったが、佐竹に「行くぞ」と促されたその時、チンピラ集団に囲まれていたホストの青年が視界に入り、佐竹の腕にギュッとしがみついた。
「待って下さい。奥の人……殴られてたから、手当てしなきゃ」
「ああ? あれはコイツらのシノギだろうが。金か女か知らねえが、殴られる理由のある人間だ。放っておけ」
「そんな訳にはいきません」
薄暗い路地裏の壁にもたれてぐったりとしているホストは、意識があるのかどうかも分からない。
雪矢と佐竹に見つかってしまったからには、同じ場所で暴行を続ける訳にはいかず、もしかしたらどこかへ連れ去られてしまうかもしれない。
放っておけば更にひどい目にあうと分かっていてそのままにするようなことは、雪矢にはできなかった。
「この人達は佐竹さんの知り合いなんでしょう? もう止めるように言って下さい」
「コイツらは客の舎弟が使ってるパシリだ。俺がシノギに口出しする義理はねぇんだよ」
「そんな……」
自分を助けてくれた佐竹ならホストの青年も助けてくれるだろうと信じていたのにあっさりと願いを却下されて、雪矢はすがるように佐竹を見つめた。
「そんな目で俺を落とそうとしても無駄だ。こっちの世界にもそれなりのルールってもんがある。……行くぞ」
あの青年をこの場に残したまま離れたら、絶対に後悔することになる。
ここで佐竹を動かすための方法は、雪矢には一つしか残されていなかった。
卑怯な手は使いたくないが、仕方ない。
店長、ごめんなさい! と、心の中で土下座して高田に謝りながら。
雪矢は佐竹の鋭い瞳を真っすぐ見つめ、口を開いた。
「……佐竹さんの昔のエピソードを、俺がこの人達の前でうっかり口走っちゃうかもしれないって言っても、ですか?」
「ああ!?」
その言葉に、佐竹の太く凛々しい眉がピクリと跳ね上がる。
「甘酸っぱくて爽やかな、佐竹さんの輝かしい青春時代を、今ここで話しちゃってもいいんですね」
「……」
雪矢が何のことを言っているのか、どこからその情報を仕入れたのかはすぐに想像できたのだろう。
コワモテで売っているはずの佐竹にとって、チンピラ集団の前で、爽やかな学生時代のエピソードを語られるのは嬉しいことではないに違いない、と踏んだ雪矢の読み通り。
「あのお喋り野郎め……」
忌ま忌ましげに舌打ちして、佐竹はチンピラ集団の視線から雪矢を隠すように、その身体を自分の後ろへと追いやった。
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