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 もう少しでチンピラに殴られる……というピンチを奇跡的なタイミングで救ってくれた佐竹が、雪矢の腰を抱いたまま「大丈夫か?」と低音の美声で囁き、もう片方の手で乱れた前髪を整えてくれる。

「綺麗な顔が台なしになるところだったじゃねえか。無茶をするな」

 女だったら、惚れずにはいられないシチュエーションだろう。
 佐竹のあまりの男前ぶりに一瞬鼓動を速めた雪矢だったが、潰れた蛙のようなうめき声を出して地面に転がるチンピラと、それを見下ろす佐竹、無言で後ろに控える伍代というVシネマのワンシーンのような光景に、のぼせかけていた思考が一気に現実に戻ってきた。

「あ、ありがとうございます」
「怪我は?」
「大丈夫です。あの……お尻、触らないでいただけますか」
「無事かどうか確かめるだけだ、じっとしてろ」
「そこは無事ですから!」

 殴られかけたのは顔で、尻は完全に無事だと分かっているはずなのに、何故か佐竹の手は雪矢の尻の感触を確かめるように撫で回している。

「佐竹さん、離して下さいってば」
「感じてきたか」
「感じません!」

 佐竹は男でも女でも見境なしに手を出す野獣だと警告していた高田の言葉を思い出し、チンピラに殴られる以上の危機感を覚え、雪矢はさりげなく、必死に佐竹の手を尻から遠ざけようと試みた。

「くっそ、ふざけやがって……何だよ、テメェは」

 鼻を殴られたのか、顔面を鼻血まみれにしたチンピラがふらつきながら身体を起こし、雪矢の尻を揉み続ける佐竹に襲い掛かろうとする。
 慌ててそれを制したのは、路地裏の奥でホストを殴っていたチンピラ仲間の一人だった。

「馬鹿、止めろ! 金貸しの佐竹と伍代だ、やべえって」
「……佐竹……!?」

 名前を聞いた瞬間、目の前の男が顔色を変え、佐竹に掴みかかろうとした手を止めて僅かに震わせた。

 どうやら、チンピラ集団の間にも佐竹の名前は知れ渡っているらしい。
 目の前の男の態度に、ようやく雪矢の尻から手を離した佐竹はニヤリと笑ってわざわざチンピラの派手なシャツの襟をただしてやり、地を這う重低音の声で囁いた。

「命拾いしたな。コイツの顔に傷なんてつけやがったら、バラして犬の餌にしてやるところだ」
「ひっ、すすすすみません……っした!」

 バラして、犬の餌にする。
 本職のヤクザではないと高田は一生懸命フォローしていたが、ヤクザそのものとしか言いようのない言動に、雪矢の顔はヒクリと引き攣った。

「ここで何をしていた」
「あ、あの、俺ら、西城さんに言われて……」
「それで素人に喧嘩売ってやがったのか」
「いえっ、そいつがサツに連絡しようとしてたんで、止めに入っただけっす」
「“そいつ”だと?」

 今にも失禁しかねない勢いで怯えるチンピラに追い討ちをかけるように、後ろから伍代が「口のきき方を知らんガキですね。今からでもバラしますか」と物騒なことを言い始める。

 責められているのは目の前のチンピラのはずなのに、あまりの恐怖感に雪矢まで涙目になり、その場に土下座して謝りたい気持ちになってしまった。



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