6


「えーと、長野くん……?」
「柚木さんって、身近にお仲間がいてモーションかけられても全然気付かないタイプでしょ」
「それはよく言われるけど、って……まさか」
「かなり露骨にアピールしてたつもりなんだけどな。俺、お仲間にはモテると思ってたからショックです」
「ええっ!?」

 近い。
 俺を見下ろす長野君のイケメン顔が、ものすごく近い。

 まさかのゲイ仲間だったことをカミングアウトした長野君は、フェンスについた両腕の中に俺を閉じこめたまま、人懐っこい大型犬の顔に拗ねた表情を浮かべた。

「最初から柚木さんって可愛い人だなって思ってたんすけど、よく見てたら毎日すげー美味そうにウチの食堂の飯食ってて」

 だってそれは、北山さんが作ってくれたご飯だから。

「社食のメシなんて安くて量食えりゃ味なんてどうでもいいって感じで好きなモンだけ食って残す奴も多い中で、柚木さんはいつも幸せそうな顔で一口ずつ大切に食ってたから。そういうの、いいなって思って見てたら、いつの間にか好きになってたんです」
「っ、長野くん……!」

 どうしよう。
 可愛い弟みたいに思っていた長野君が、そんな風に俺を見ていたなんて全然知らなかった。

「頑張って日本一上手い蕎麦を茹でられるようになるから、俺じゃダメっすか。あんなおっかねえオヤジなんかより絶対に柚木さんを大切にします!」

 いつも笑顔の長野君が“男”の顔で俺を見つめる。

 真剣な気持ちが、痛いほど伝わってきた。

 多分、ゲイの気持ちはゲイにしか分からない。
 本当だったら、ノンケへの報われない想いを抱えて傷つくより同じ性癖の仲間を好きになれた方が幸せになれるって、分かっているんだけど。

 でも、俺は……。

「おっかねえオヤジで悪かったな」
「痛えっ!」

 何か答えなきゃ、と顔を上げた瞬間。
 長野君の腕の中で固まる俺の耳に、聞こえるはずのない声が飛び込んできて、長野君の頭に大きなゲンコツが炸裂したのが見えた。

「真っ昼間から堂々と俺の男を口説くとはいい度胸だ、クソガキ」
「北山さん……?」
「何でこんなトコにいるんすか!?」

 恐る恐る、といった様子で振り返る長野君の向こうには、仁王立ちの男前料理人が。

 黙っているだけで元々迫力のある顔が、今日は更に怖い。
 でも、会いたくて会いたくて、今日一日だけでもう何度も思い浮かべた大好きな恋人の顔だ。

 北山さんは溶けるような優しい視線を一瞬俺に向けた後で、すぐに厳しい先輩の顔に戻って長野君を睨みつけた。

「お前の方こそ何でこんな所にいるんだ。昼休憩はとっくに済んだんじゃねえのか」

 地を這うような低い声に一瞬怯んだものの、長野君も胸を張って堂々と北山さんを睨み返す。

「俺はトイレ休憩っすよ」
「サボりじゃねえか」
「痛っ! ひっでぇ、二発も!」
「半人前のクセに中途半端なことをするんじゃねえ」

 何だか、出来の悪い弟とソレを叱る兄のような二人。
 怒ってはいるみたいだけど北山さんが長野君のことを可愛がっているのが何となく今のやり取りから伝わってきて、俺は今の自分の状況も忘れてほのぼのした気持ちになってしまった。



(*)prev next(#)
back(0)


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -