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 どうしてここで、北山さんの名前が出てくるんだろう。

 俺が蕎麦好きで北山さんに懐いていることは社食のスタッフなら知っていてもおかしくないけど、まさかゲイの俺が本気で北山さんに恋をしていることまでは誰も知らないはずだ。というか、知らないはずだと思いたい。
 それなのに、泣いている俺を見てすぐに北山さんが原因として挙げられるなんて。

「長野君、北山さんはアレで意外にまだ今年三十歳になったばかりで、オッサンって年じゃないんだよ」
「俺から見りゃ十分にオッサンっすよ。それより……否定しないってことは、やっぱあのオッサンに何かされたんですね」
「や、そんなことは」

 何とかごまかそうと思っても、俺を見つめる長野君の表情はいつになく真剣で、真っ直ぐに突き刺さる視線を前に嘘をつくことなんてできそうもない。

「――何か、されたってワケじゃないんだ。ただ、俺が勝手に泣きたい気持ちになっただけで」
「ふーん」

 仕方なく、原因が何かは告げずにそれだけ言うと、長身のイケメン料理人君は静かにため息を漏らして俺の横に並び、フェンスに寄りかかって青空を見上げた。

 料理人という職業柄、フレグランスの類を付けない代わりに、調理用の白衣からは優しいお蕎麦の香りが立ちのぼって鼻孔をくすぐる。

 そういえば、初めて思いが通じたあの日、北山さんからも同じ香りがしていた。
 そんなことを思い出しただけで、弱気になっている今の俺は目頭を熱くしてしまう。

「どうして、俺が北山さんのせいで泣いてるって思った?」

 黙って隣に立つ長野君に訊いてみると、青空に向けられていた視線が降りてきて俺を捕らえた。

「だって柚木さん付き合ってるんでしょ、あのオッサンと」
「!」

 もしかして……とは思っていたけど、まさか、こんなにアッサリと職場絡みの人間に北山さんとの関係を知られてしまうとは。
 しかも、珍しいことでも何でもなく当然のように言われちゃうってことは、あまり考えたくないけど長野君以外の人達も皆知っていて、生ぬるい目で俺を見守ってくれていたんだろうか。
 だとしたら、もうこの職場で生きていけないかもしれない。

「し……知ってたんだ」

 思わず声も裏返る。

 長野君は動揺する俺の様子を笑うでもなく、きれいに整えられた眉を呆れたように跳ね上げさせて肩を竦めた。

「いやもうバレバレっすよ。柚木さんがお仲間だってのは初めて見た時から気付いてたし、北山のオッサンは隠す気がねえのか俺を牽制しまくりだし」
「……お仲間って?」
「あー。柚木さん、絶対気付いてねえと思った」

 これは一体、どういう話の流れなんだろう。
 俺がゲイで北山さんと付き合っていることを、長野君は知っていて……。

「ん?」

 ぐるぐると忙しく回る思考を整理しようと脳みそを一生懸命働かせているうちに、視界が何かに遮られたかと思うと、いつの間にか俺の身体はフェンスと長野君の間に挟まれて身動きできない状態になってしまっていた。



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