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「お待たせしました! ざるそば長野スペシャル一丁です!」
「美味しそうだね、ありがとう」
「今日は愛情五割増しで茹でてみました」
「何だかワサビの量がすごいな……」
「サービスできそうなモンがそれしかなかったんで」
「……」

 ワサビだけ大量にサービスされてもかなり微妙なモノがあるけど、嬉しそうな長野君を前にツッコミは入れられない。

 久々の社食蕎麦はきれいに盛られていて、丁寧に茹でてくれたのが伝わってくるというか、本当に美味しそうだ。
 
 渾身の力作! と言わんばかりの勢いでトレーにざるそばを乗せた長野君が、大きな身体を乗り出してカウンター越しに俺の顔をのぞき込んできた。

「柚木さん、今日は何か元気ないっすね」
「え、そう?」
「もしかして……」
「ん?」

 何かを言いかけて日替わり定食コーナーの方にチラッと視線をやったまま黙り込んだ長野君は、一瞬険しくなった顔をすぐにいつもの人懐っこい笑顔に戻す。

「や、やっぱ何でもないっす。蕎麦食って、元気になって下さいね」
「ありがとう」

 ランチタイムを過ぎて、食堂の席はどこもガラ空き。
 どこに座ろうかと考えることもなく、身体は自然に、北山さんに会いたくて蕎麦コーナーに通い詰めていた時の特等席に座っていた。


 当然のことながら、北山さんの姿は見えない。


 一昨日は急に帰っちゃったりして、びっくりしただろうな。
 そんなことを考えながらお蕎麦をすすると、ワサビがツンと染みて視界がじわじわぼやけてきた。

 結局俺は、電話に出るのが怖くてずっと携帯の電源を落としたまま、土日は実家に帰って過ごしてしまったのだ。
 こういう時、電車一本で帰れるところに実家があるとちょっと便利だ。

 今朝、恐る恐る電源を入れてみた携帯には、北山さんからの着信とメールが何件も入っていた。

『今どこだ』
『大丈夫か』
『何時になってもいいから連絡をくれ』

 勝手に帰った俺を責めることもなく心配する、優しい言葉。

 どうやら北山さんは、日曜日に俺の家まで来てくれていたらしい。
 家に行っても留守で、何の連絡もない俺に、最後に送られてきたメールは一言。

『悪かった』

 謝らなきゃいけないのは俺の方で、北山さんは何も悪いことをしていないのに。
 悪かった、というのは、何に対しての謝罪なんだろう。

 あの夜、キスをしてくれなかったこと?
 それとも、ゲイじゃないのに男と付き合ってみて、やっぱり無理だと気付いてしまったこと?

「謝ってほしいワケじゃ、ないのにな」

 ただ、側にいたかった。
 エッチなことが出来なくても、その大きな手で俺を撫でて、ちょっとだけキスをしてくれたら、幸せになれた。


 長野君の茹でてくれたお蕎麦の優しい味は、北山さんのお蕎麦の味に少し似ていて。
 効きすぎたワサビに目を潤ませながら、俺は思い出を噛みしめるように思い切り蕎麦をすすり続けた。


○●○


 やっぱり、泣くには屋上が一番だ。

 夏の間はおじさん達の憩いの場になっていたヤニ場所も、こんなに寒くなってきた今は誰もわざわざ上がってきたりしない。

「ふー……」

 あまり派手に泣くと休憩開けに周りから突っ込まれるから、フェンスにもたれて秋の青空を見上げながら瞬きして、じんわり溢れる涙を乾かすという地味な泣き方で悲しみを発散する。

 大丈夫。
 ちゃんと心を落ち着かせて、今夜帰ったら北山さんに電話しよう。
 今まで付き合ってくれてありがとうございましたって、泣かないで伝えるんだ。

「柚木さん!」

 どっぷり悲しみに浸る俺の耳に、元気な声が飛び込んできて。

「長野君……?」

 顔を下ろすと、そこには日の光に輝く調理用の白衣を着た長野君が立っていた。

「泣いてたんですか」
「え、いや! っていうか、何で長野君がここに?」
「柚木さんの様子がおかしかったから心配で、柚木さんが食べ終わってすぐ休憩に入ってついてきちゃいました」

 ごめんなさい、としょんぼり謝る姿は、イタズラを見咎められて叱られた犬のようで、大きな身体に似合わずちょっと可愛い。

「謝ることはないよ、別に俺専用の屋上じゃないんだから」

 いつまでも会社でメソメソと泣いているワケにもいかないし、長野君がきてくれたのはいいきっかけだ。
 とりあえず、お昼の落ち込みタイムは終了。

 そういえば、ぼんやりしたまま食堂を出てしまったから長野君にごちそうさまの一言を伝えていなかったと気付いて、お蕎麦の話をしようと口を開きかけた瞬間、長野君の口から意外な言葉が飛び出してきた。

「柚木さんを泣かせた原因って、北山のオッサンっすか」
「えっ!?」



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