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○●○


 北山さんの様子がおかしい。

「北山さん、もしかして何か怒ってますか」
「怒ってねえよ。俺が元々こういう不機嫌顔なのはお前も分かってるだろうが」
「それはそうなんですけど」

 待ちに待った週末のデートなのに、何だかいつもと違う北山さんの様子に俺の心は落ち着かなかった。

 街で買い物をして、近所のレンタルショップで何本かDVDを選び、北山さんの家でプロの作る美味しい手料理をご馳走になりながらまったり過ごす。
 いつもと変わらない幸せな時間だけど、今日は圧倒的にスキンシップが少ないのだ。

「何か、離れてるような気がするんですけど」
「普通だろ」
「……」

 並んでリビングのソファに腰かけ、借りてきた時代劇を見る二人の間には、僅かな隙間。

 この距離が、おかしい。

 無愛想っぽく見える男前の顔に似合わず、北山さんは意外と甘やかし上手な人だ。
 最初のあれ以来エッチなことはしていないけど、こうして二人でいる時は俺の身体を足の間に挟み込むようにして、後ろから抱えながらテレビを見ていたり、恥ずかしいけど……自慢の手料理を「あーん」と餌付けするように食べさせてくれたりして。
 軽い、優しいキスならもう何回もしているし。

 それなのに、今日に限ってそういったスキンシップがまったくないというのは一体どういうことなんだろう。

「北山さん」
「ああ?」

 焦って無理矢理身体を繋げるようなことはしないと決めたばかりだけど、やっぱり寂しいものは寂しい。

 浮かび上がりそうになる不安を打ち消したくて、隣に座ってビール片手に時代劇を見ている恋人に思い切って俺の方からキスをおねだりするつもりで目をキュッと閉じると、北山さんがこっちを向いたまま身体を硬直させたのが分かった。

 普段俺からはあまりこういうことをしないから驚いたのかな、と思いきや。
 いつまでたっても唇の触れる気配はなく。

「――北山さん?」

 どうして何もしてくれないのか、ゆっくり目を開けて首を傾げた瞬間、北山さんは俺から目をそらして勢いよく立ち上がった。

「便所、行ってくる」
「えっ?」

 何で?
 どうしてこのタイミングで、トイレ!?

「……ええ?」

 恋人たちの時間としては甘い雰囲気漂う大事なシーンだったと思うし、時代劇的にも味噌黄門の正体を明かしての大捕り物は一番の見せ場なのに。
 ここで敢えて席を外しちゃうなんて。

「……」

 足早にトイレへと消えていった背中がじんわりとぼやけて。
 気付けば、頬から顎へと伝った涙がポタポタと滴り落ちていた。

「っ、う……」

 はっきりと、キスを拒絶されてしまった。
 少し時間を置いてそう理解した途端、涙が止まらなくなった。

 もしかしたらやっぱり男は無理なのかもしれないと不安に思いながらも、それでも北山さんの優しさに甘えて、恋人同士だなんて一人で舞い上がっていた俺は、馬鹿だ。

「きたやまさ、……っ、北山さん」

 ずっと側にいたいって、思っていたのに。
 北山さんは、違ったんだ。



 溢れてくる涙をどうすることもできず。
 俺は、北山さんがトイレから出てくる前にそっと家を出た。


 ノンケの北山さんが一瞬だけでも俺にその気になってくれて、幸せな思い出が出来たことだけでも感謝しなきゃ。

 何度も自分に言い聞かせて、早足で夜の街を歩く。
 長い片思いが報われたと思った途端、こんなにあっけなくフラれてしまうなんて、笑い話にもならない。


 ――無性に、北山さんの茹でてくれたお蕎麦が食べたかった。


○●○


「柚木さん、ホントに食いにきてくれたんですね!」

 週明け。
 少し遅めに昼休みに入って社食に向かい、蕎麦コーナーに並んだ俺を、長野君は最高の笑顔で迎えてくれた。

 ランチタイムを過ぎて厨房が落ち着いたこの時間なら、北山さんが休憩に入っていることはリサーチ済みだ。
 社食でご飯を食べると休んだ気がしないからと、いつもお昼は休憩室でお弁当を食べているらしいから、今なら顔を合わせることもないだろう。

「ざるそば一つ、お願いします」
「はい、ざる特盛りで一丁ね!」
「普通でいいよ、普通で!」

 張り切って蕎麦を茹でる長野君の姿に、北山さんの家から逃げ帰って以降ずっと張りつめっぱなしだった心の糸が緩んで、それと同時に、憧れの男前料理人さん目当てに毎日蕎麦コーナーに通い詰めていたあの頃のことを思い出してまた泣きそうになってしまった。




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