秘密のバレンタイン。1



 店が休みの日には、自宅でのんびり過ごしながら気の向くままに色々な物を作り、新メニューを開発するのが俺の趣味だ。

 今月の14日は男の一大イベントである“ふんどしの日”兼バレンタインデーだから、チョコレートを使って何か褌的な菓子を作りたい。

「うーん。チョコ……と、褌。ふんどしとチョコ……」

 コワモテ揃いのくせに意外に甘党が多い常連客の顔を思い浮かべながら、湯を張ったボウルの中にチョコレートチップの入った一回り小さなボウルを浮かべ、俺はとろとろと溶けていくそれをぼんやり眺めていた。

 ふんどしの日、兼バレンタインデーか……。

 狭いキッチンにふんわり漂う甘い香りに、昔の思い出がよみがえる。

 そういえば、あの日もこんな風にチョコレートを溶かしていた。
 キラキラと宝石のように目を輝かせながら、俺にピッタリくっついてボウルを覗き込む、一回り年下の従弟と一緒に。


○●○


 文昭の両親は共働きだったので帰りが遅くなることが多く、近所に住んでいる俺のおふくろが預かって面倒を見ることが多かった。
 だから、文昭にとって俺は年の離れた兄のような存在だったんだと思う。

 小さな従弟は俺に懐いて、どこに行くときも一緒についてきたがった。
 俺も文昭が可愛くて、おふくろ以上に面倒を見てやっていた記憶がある。

 ただ、兄弟のような関係が怪しい方向に転がり始めたのは意外に早い時期だった。

 あれは、俺が17歳の高校生。文昭は5歳でまだ小学校に上がる前のことだったはず。


「ねえ、ユキちゃん。おやつ食べたいよー」
「さっきメシ食ったばかりだろうが。夜はおやつ食うなって叔母さんに言われてるだろ」
「でも……おれお腹すいたもん」

 幼稚園の年長組になってから使い始めた文昭の“おれ”は微妙に滑舌が悪く、それでも自分を“フミ”と呼んでいたガキがいっちょ前に男らしくなろうとしている様子が微笑ましくて、俺はついつい可愛い従弟を甘やかしたくなってしまった。

「仕方ねぇな。菓子っつっても、板チョコくらいしかねーし」
「チョコっ?」
「んー」

 文昭は瞳を輝かせて何やら小躍りし始めたが、板チョコをそのまま食わせるのも何だか味気ないし、大して腹の足しにもならないだろう。
 そこで思いついたのが、板チョコを使った即席の菓子だった。

「そうだ、チョコレートケーキでも作るか」
「やった! おれ、ユキちゃんの作るおやつ大好き!」

 チョコレートケーキといっても、本格的なものではなくホットケーキミックスを使った簡単ケーキだけど。

 昔から俺はゴツい顔と身体に似合わず料理が好きで、暇さえあればオリジナルのレシピで文昭に飯や菓子を作って食わせていた。

「よーし、ちょっと待ってろよ」
「おれもてつだう」
「じゃ、フミは粉を混ぜてくれ」
「うん、いいよ!」

 大喜びしてはしゃぐ文昭と二人でキッチンに立ち、ホットケーキミックスに溶かしたチョコレートを混ぜて。
 あっという間に完成した即席ケーキに熱々のチョコレートソースをかける俺の手を、文昭はキラキラの瞳でじっと見つめていた。



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