閉店後のラブコール。




 週末の褌パで盛り上がっていた店が、静けさを取り戻す午前2時。

 閉店の作業を終えて、着替えようと従業員室に入った俺の耳に、聞き慣れた着信音が流れ込んできた。
 まるで俺が上がるのをどこかで見ていたかのようなタイミングで鳴りはじめた、能天気なメロディー。

 相手は誰だか、声を聞く前から分かっている。

「……」

 一瞬躊躇って、鞄から携帯を取り出して通話ボタンを押すと、着信音以上に能天気な声が電話の向こう側から飛び込んできた。

『今締めてる褌、何色?』
「切るぞ」
『あ、待てよ! 冗談だって。相変わらずだなー、ユキちゃん』
「ユキじゃねえ! ヨシノリだ」
『ユキの方が可愛いのに』

 “由紀”という俺の名前をユキと呼ぶのは、一回り年の離れた生意気な従弟・文昭だけ。
 大体、俺に“ユキ”なんてあだ名が似合わないのは誰の目にも明らかだ。

 街を歩けばどこぞの悪役レスラーと間違えられてプロレスファンに握手を求められ、電車で隣の席に座った子供に笑いかけただけで本気で怯えられて泣かれる。
 そんな俺に、何故か昔から年下の従弟だけは懐いて、いつも親鳥を慕うヒナのようにピッタリとついて来ていた。

 大きくなったらユキちゃんをお嫁さんにする! と駄々をこねて6歳にして性癖のカミングアウトを果たし、正月に集まった親戚連中の度肝を抜いた超大物従弟は、高校を卒業すると同時に地元を出て北海道の大学に進学してしまった。
 俺に一言も言わずに。

「こんな時間に何の用だ。ガキはクソして寝ろ」
『今研究室にいてさ、今夜は多分泊まりだな』
「聞いてねえよ」

 あんなにユキちゃんユキちゃんとくっついて回っていたくせに。
 勝手に北海道なんて行きやがって。
 卒業したらこっちに就職して帰ってくるかと思いきや、院なんかに進みやがって。

『あのさー、多分来週の褌パに新入り君が参加するから、面倒見てやって』

 俺がイライラ感を募らせている事にも気付かず、能天気な声は一方的に自分の言いたい事だけを伝えてくる。

「何だ、新入りってのは」
『俺のダチなんだけど、就職してそっちにいるんだよ』
「お前のダチ?」
『都会暮らしに慣れないうえに友達もできないって寂しがってるみたいだったから、ユキちゃんの店を紹介したんだ』
「……紹介する店を選べ、馬鹿」

 多分、文昭の友人という子は祭り以外の場面で褌を見たこともないようなノンケだろう。
 ウチの店に入った瞬間、褌野郎の熱気にビビって引くに違いない。

『ユキちゃんの店なら兄貴達も皆優しいし、安心だろ』
「そういう問題じゃねえ」
『すっげー素直で可愛い奴なんだよ。見た目柴犬系で人懐っこいっつーかさ、ユキちゃんもきっと気に入るって』

 文昭が何気なく口にした“可愛い”という言葉に、俺は危うく携帯を握り潰してしまうところだった。

「どうせ俺は無愛想で可愛さのカケラもねえよ」
『え? 何?』

 ボソッと呟いた言葉は、文昭の耳には届かなかったらしい。

 馬鹿馬鹿しい。
 一回りも年の離れたガキに振り回されて。
 大体、俺の好みは眼鏡の似合うスマートなインテリ男なんだ。ガキなんて全然範囲外じゃねえか。

「用がそれだけなら切るぞ」
『何だよ、そっけないな』

 ユキちゃんをお嫁さんにするんだ。

 あんな言葉を、いつまでも真に受けて……。

『あの、さ』

 優しく耳をくすぐる声が、一瞬間を置いて、今までの能天気なイメージを消し去るほど真剣に、言葉を紡いだ。

『俺、ユキちゃん好みのオトナの男になって、そっちに帰るから』
「はっ?」
『それまでそのケツに誰のチンコも入れさせんなよ』
「っ!」

 いつまでもガキだと思っていた従弟の、露骨な告白に、顔が一気に赤くなる。

 遠く離れた北の大地で。
 いつの間にか、可愛い年下の従弟は、一匹の雄として成長を遂げていた。
 真っすぐ、俺を見つめたまま。

「クソガキが! そういうセリフはな、チンコに毛が生えてから言いやがれ!」

 さすがに二十歳を過ぎて、生えるべき毛は立派に生え揃っているだろうと分かっていつつ、つい動揺してそんな棄て台詞をはいて。

 電源ボタンを連打して通話を無理矢理終わらせた携帯を握りしめた俺は、イスにどっかり腰を下ろし、静かな店の中で小さく呟いた。

「――早く帰って来い、馬鹿野郎」



○●○


ぴよケツの悪友鈴川くんと『CLUB F』マスターのお話、ちょっぴり気ままに妄想させて頂きました!
最後までお付き合い下さった皆さま、ありがとうございました(*´艸`*)



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