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何で俺は、こんなに新堂の事ばかり考えているんだろう。
怒った顔。困った顔。まだ少し学生の青臭さを残した笑顔。
新しい顔を発見する度に、もっと新堂を知りたくなって。
「さっむ……」
飲み仲間の誘いを断って冷え切った部屋に帰り、暖房を入れるより先に鞄から取り出した携帯で可愛い後輩の番号を探すなんて、自分でも馬鹿だと思う。
新堂は、今夜は帰って来ないだろうと分かっていた。
せっかく帰省しているのに、こんな悪天候の中わざわざ隣部屋に住む先輩の面倒臭いワガママを真に受けてこっちに戻って来たりはしないだろう。
それは仕方ないとして。
一緒に遊ぶ予定だと言っていた地元の友人とやらが男なのか女なのか。新堂を狙ってクリスマス・イヴの夜に誘いを入れた奴がいるんじゃないのか。
それが気になって、今日はずっとソワソワと落ち着かなかった。
もし女と飲んでいるなら、今頃お互いに酒が回ってイイ雰囲気になっているかもしれない時間帯だ。
何人かで遊んでいたとしても、この後どうする? とか何とかいいながら、お気に入りの子とどこでヤるかの相談をしていたりして。
「くそっ、邪魔してやる」
我ながら大人気ないと思いつつ。
誰かとロマンチックな夜を過ごしている新堂を想像すると堪らなくて、俺は凍りそうに冷たくなった指で携帯を握りしめた。
無機質な発信音が途切れた瞬間、耳に流れ込んでくる賑やかな雑音。
聞き慣れた声がすぐその後に続いて、ざわついた胸の奥をくすぐった。
『うっす、お疲れ様っす』
「おー、お疲れ。もしかして今、飲んでるトコだったか?」
『はい……。す、すみません、帰れなくて』
「謝るなよ。この天気じゃ仕方ねえって分かってたし、つか、邪魔して悪いな」
『いえ! 全然、邪魔じゃないっすよ』
声を聞いた途端に安心したのは、電話の向こうの空気が明らかに仕事帰りのオッサン達で賑わう赤提灯系の店のモノだと伝わってきたから。
これではロマンチックな雰囲気になりようがないと思っただけでホッとするなんて我ながら単純だと、思わず一人で苦笑してしまった。
――というか、仮に新堂が誰かとそういう夜を過ごしていたとしても、俺に何か言う権利なんてないはずなのに。
『飛島さんは、誰かと飲みに行かなかったんですね』
「行かねーよ」
もしかしたら新堂が帰って来るかもしれないという淡い期待をしていたから、とは口に出さない。
代わりに、新堂への電話を念押しして帰っていったやたら面倒見のいい先輩をネタに挙げてやった。
「大島さんは何だか予定が入ってるとかで早く帰ったけどな」
『へ、へえー……大島主任が。デートとかですかね』
「面倒臭いから女はしばらくいいとか言ってたくせになー。来週会ったらからかってやれよ」
『嫌ですよ、そんな怖いコト』
いつもと変わらない、可愛い後輩との会話。
本当はもっと伝えたい事があると、胸の奥が騒いでいた。
言ってしまえ。
自分でもよく分からないこのモヤモヤを吐き出すチャンスは、きっと今しかないだろう。
「――クリスマスの、プレゼント」
『えっ?』
小さく呟いた声が聞き取りにくかったのか、聞き返してくる声を無視して、俺は続けた。
「お前が欲しいモノって何なのか、ずっと考えてたんだけど、結局分からなかった」
『あー、もしかして結構本気で考えてくれてました?』
飛島さんにはいつも世話になりっぱなしだしプレゼントなんて貰うつもりはないっすよ、と笑う声が、近くて遠い。
今すぐ抱きたい。
他の誰にも、触らせたくない。
それより何より、もっと伝えたい言葉は……。
「お前の欲しいモノは分からなかった、けど」
『だから、それはイイですって』
「俺は、お前が欲しい」
白い吐息と共に零れてしまった声は、自分でも驚くほどハッキリと響いて。
賑やかだったはずの電話の向こう側まで、一瞬静まり返ったような気がした。
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