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 何かを期待している時に限って、何故か物事は上手く進んでくれない。


「何なんすか! この大雪は!」
「知るか。俺に当たるな」

 まだ夕方だというのにとっぷり暗くなった窓の向こうは、見事な猛吹雪。
 今朝の時点では午後から少し雪が降る程度という予報だったはずが、俺の日頃の行いが悪いせいなのか、会社を一歩出て家に帰るのも嫌になるほどに外は荒れていた。

 休憩所で偶然顔を合わせた大島さんに缶コーヒーをおごってもらい、二人並んでぼんやりと窓の外を眺めるものの、いつまでたっても雪はやみそうな気配がない。

「すっげ……いきなりドカッときましたね」
「ああ、配送に遅れが出なきゃいいけどな」
「そうっすね」

 曖昧に頷きながら、大島さんと同じタイミングで腕時計を確認した俺は、隣に座る先輩と示し合わせたかのように同時にため息をついた。

 年末配送業務の行方も心配だが、今の俺にとってはそんな事は些細な問題だ。
 むしろ、東京発の新幹線に遅れが出ていないかの方がよっぽど気になる。

 そろそろ講習も終わって、新堂は本社を出た頃だろうか……。

 今朝の様子だと出張を日帰りで切り上げそうな雰囲気が感じられないでもなかったが、もしかしたらこの天候で帰るのが面倒になって実家に泊まりたくなるかもしれない。
 というか、そもそも最初から向こうで遊ぶ気満々で俺には言い出せなかっただけかもしれないし。

「新堂から……連絡、ありました?」

 難しい顔で外を眺める大島さんの様子をチラッと横目で窺いつつ、なるべくさりげない風を装って訊いてみると、新堂の直属の上司でもある先輩は意地の悪い笑みを浮かべて俺に視線を返してきた。

「本社に着いた時に受けた。講習終了の連絡は今頃課の方にきてるんじゃねえの」
「そっすか」

 今夜の予定を巡る俺と新堂のやり取りを知っているはずなのに、それだけで話を終えてしまうあたり、大島さんに遊ばれているような気がしてならない。

 本当はアイツから何か聞いているんじゃないか。
 そう訊きたくても、きっと大島さんは答えてくれない気がして訊けなかった。

「電話してやらねーのか、トビ」
「えっ?」
「新堂がこの後どうするのか気になるんだろ。今ならまだ“帰って来い”って言える時間だぞ」
「……すっげー性格悪いっすね、先輩」
「馬鹿、肝心なトコロで根性のねえ後輩を応援してやってるんだろうが」

 一体何の応援なんだか。
 いつもと変わらない表情と見せかけて、眼鏡の奥の瞳だけが好奇心を覗かせているんだから、本当に食えない先輩だ。

「電話は……帰ってから、します」
「ん? 今じゃなくていいのか」

 空になった缶をゴミ箱に投げ入れ、早く帰宅するために最後の一仕事を片付けようと立ち上がった俺は、猛吹雪の向こう側に今一番会いたい男の顔を思い浮かべて、首を振った。

「こんな吹雪の中、先輩命令で無理矢理日帰りさせるのも可哀相ですし。寝る前に声だけ聞いて、無事に出張を終えたって分かればそれでいいっすから」
「ほー。随分イイ先輩になったもんだ」
「それだけアイツが可愛いんですよ」

 大島さんの手前、精一杯見栄を張って笑って見せたものの、本当は今すぐ新堂に会いたくて堪らなかった。

 綺麗に筋肉のついたあの身体を抱きしめて、苦しいと怒られながら何度もキスして、お互いの熱を解き放ちたい。

 ――いや。
 もし新堂が抜き合いを嫌がるなら、二人寄り添って静かにツリーの光を眺めながら過ごすだけでもいい。

「意外に不器用な奴だな、お前は」
「はい?」

 突然何を言うのかと、先輩の顔を見下ろした俺の腹に、何故か大島さんの容赦ない愛情の拳がぶち込まれた。

「っ!?」
「電話、絶対しろよ」
「う、うっす」
「俺の可愛い部下を大切にしろ」
「はっ??」

 これは、怒られているのか。それとも、何かを励まされているんだろうか。
 何だかよく分からないけど、大島さんはもうこれ以上話すつもりはないらしい。

 俺より離れた位置から簡単に空き缶をゴミ箱へと投げ入れ、さっさと立ち上がって休憩室から出ていく先輩の背中を、頭上に疑問符を並べた状態の俺はただ見送るしか出来なかった。



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