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『飛島さん? 何言ってるんすか』
「お前の一番近くに俺以外の人間がいるのが、ヤダ」
『ヤダって、言われても……』

 一度口に出してしまうとそれまでずっと胸の奥で燻っていたモヤモヤは急激に膨れ上がって、もしかしたら新堂に引かれてしまうかもしれないと分かっていても、それを言葉にせずにはいられなかった。

 どうせなら営業に配属されたかったと、ションボリ落ち込んで愚痴を零していた可愛い新人君。
 給料日前に酒と食材を買い込んで遊びに行くと、嬉しそうな顔で俺を迎えてくれた料理上手な年下の隣人。
 一人前のビジネスマンとして、いつの間にか逞しく成長していた頼もしい同僚。

 そのどれも、俺が望む新堂との関係を正しく表してはくれない。

「隣に住んでる仲のイイ先輩後輩とか、もうそういうんじゃ満足出来ねえんだよ」
『トビシマ、さん』

 勝手な事を言っていると、自分でも分かっている。
 新堂の前での俺はいつも、どうしようもなく我が儘で格好悪い先輩だ。

 それでも、どうしても新堂が欲しくて欲しくて。
 今は、新堂の事しか考えられなくて。

「すっげー、欲しい。こんなの……お前だけだ」

 喉から搾り出された掠れ声が静かな部屋に響いた瞬間、電話の向こう側で新堂が何かを言いかけて、すぐに止めたのが分かった。

『俺、帰ります』
「はっ!?」
『今から帰るんで、待ってて下さい』
「いや、今からなんて無理だろ。雪だってすげえし、何時になるか……」
『話の続きはそっちに着いてから聞きます』
「し、新堂?」

 今から、この雪の中をわざわざ帰って来るのか。

 何のために……?

 突然の強引な帰る宣言と同時に通話を強制的に終了されてしまった俺は、冷え切った手で携帯を握り締めながら、気付けば朝から開けっ放しだったカーテンを閉めようと立ち上がって、窓の外の猛吹雪をぼんやりと見つめ続けた。


○●○


 聞き慣れた間抜けなチャイムは、電話を切ってから三十分も経たないうちに鳴らされた。

「へいへい」

 さっきの今で、さすがに新堂ではないだろうと分かっていても、ついいつもの癖で相手を確認する前にドアを開けてしまう。

 まだ暖まらない部屋に吹き込んできた凍るような風と雪と共に、視界には、今ここにいるはずのない男の姿が飛び込んできた。

「――ただいま、っす」
「っ!?」

 この大雪の中、東京仙台間をわずか三十分足らずで!?

 そんなはずはないのに、目の前には確かに新堂が立っている。

「新堂……な、何で?」
「さっきの続き、直接聞かせてくれるんじゃないんすか」
「続き、っていうか」
「多分それが、俺の一番“欲しいモノ”なんですけど」
「!」

 新堂の、一番欲しいモノ。

 そう言って、照れ臭そうに笑う顔を見た瞬間。
 俺は衝動的に、目の前の身体を抱きしめ、ひんやり冷たい唇に自分の唇を押し付けて舌を絡めていた。

「ん! んっ、……ふッ」
「っ、は、ぁッ」

 もう、どうして新堂が今ここにいるかなんてどうでもいい。

 もし本当に、俺の伝えたい言葉が新堂の“欲しいモノ”だったら。
 ずっと自分でも何なのか分からなくて、伝えたくても言えずにいた一言を、伝えてもいいんだろうか。

「新堂」
「ん……んっ」
「――好きだ」

 余裕のない獣じみたキスの合間に囁くと、腕の中の身体が微かに震えて反応を見せた。

 新堂が、好きだ。

 散々女と遊んでおきながら、こういう気持ちが恋なんだと、今まで自覚した事もなかった。
 これが、遅過ぎる俺の初恋だ。



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