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 運が悪い時には、不都合な事ばかりがことごとく重なるものだ。


 年末の繁忙期も佳境を迎え、新堂も俺もそれぞれに残業や打ち上げ、出張などですれ違いが続いて。
 特に大きな喧嘩をしたワケでもないのに、出入り禁止を言い渡されたあの日以来、俺は本当に隣部屋を訪れる事なく忙しい日々を過ごしていた。

 出勤時間も、新堂は俺よりずっと早く家を出ているみたいで、かち合う事もない。
 たまに社食で顔を合わせた時には相変わらずの人懐っこい笑顔で「忙し過ぎて死ぬっす」なんて話しかけてくるが、実際、年末出荷のための忙しさは新人君にはかなりキツいだろう。
 いくら空気の読めない俺でも、さすがに連日の残業上がりでヘロヘロになって帰って来た後輩の家に押しかける事はためらわれて、結局、クリスマスイヴの話もあれ以来うやむやになってしまっていた。


 そして迎えた、24日の朝。

「――あ、おはよう、ございます」
「うっす」

 いつもより早く起きて身支度を済ませ、出掛けに隣部屋の後輩に声をかけて行こうとドアを開けた瞬間、隣のドアも同じタイミングで開いて、しっかりコートを着込んで出張用の鞄を持った新堂が顔を出した。

「早いな。駅まで直行か」

 そんなに早い時間の上京だっただろうかと、下にタクシーが停まっているのを見下ろしながら尋ねると、可愛い後輩が白い息を吐いて笑う。

「いえ。昨日やり残した伝票整理があったんで、ちょっと早めに出て片付けてから行こうと思って」
「馬鹿、そんなモンは誰かに引き継ぎゃいいだろーが」
「中途半端に手ぇつけちまったから、自分でやった方が早いっす」
「それで乗り逃したらシャレにならねーぞ」

 大島主任にも怒られたんですけどね、と肩を竦めるその表情が、まだ学生っぽさを残しながらも、いつの間にか逞しい社会人の顔になっていて、コイツはこんなにイイ男に成長したのかとしみじみ感動してしまった。
 新堂が地元で会う約束をしている友人というのがもし女だったら、グッと男ぶりを上げた新堂に心が動かないワケがない。

「飛島さんも一緒に乗ってきます?」
「いや、俺はコンビニで朝メシと昼メシ買ってくから」
「また偏ったモンばっかり食って……」
「――なあ」
「んっ?」
「今夜、帰って来るんだろ」

 返事を聞くのが怖くて、あれから一度も口に出来ていなかったイヴの誘い。

 もしかしたら、新堂はプレゼントの話もとっくに忘れて向こうでの予定を入れているかもしれない。
 弱気になりながらも訊いてみると、長い睫毛がシパシパと上下して、薄茶色の瞳が頼りなく揺れたのが見えた。

「マジで、野郎二人のむさ苦しいイヴを過ごす気なんすか」

 本気で乗り気じゃなくて遠回しに断ろうとしているのか、誘われること自体はそれほど嫌でもないのか。
 タクシーをチラッと見下ろし、時間を気にしながらも極力いつもと変わらない口調で俺を揺さ振る後輩の表情から、本心を読む事が出来ないのが悔しい。

 自分でも何だか分からない、ジワジワと引っ切りなしに溢れてくるこのもどかしい気持ちを全部、伝えられたらいいのに。

「あー……俺、そろそろ行かないと」

 今夜の予定には触れず、掠れた声で小さく呟く後輩の頭に、何となく手が伸びて。

 綺麗にセットされた髪をクシャクシャと撫でると、新堂は嬉しいような困ったような笑顔を見せた。

「何するんすか、もー」
「後で、電話する」

 ただでさえ出張前で忙しい新人君を、今これ以上困らせても仕方ない。

「気い付けて、行って来いよ」
「うっす!」

 たった一日の東京出張で大袈裟な、と大島さんには笑われてしまいそうだけど。

 つい最近まで、一人で外勤に出なくてはならないというだけで緊張して前日の夜から落ち着かなかった新人君が見せる頼もしい背中に、寂しさとは違う何か別の感情がグルグルと渦巻いて。

 俺は、新堂の姿が見えなくなった後もしばらく一人、ボンヤリと廊下に立ち尽くしていた。



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