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自慢じゃないが仕事以外の場面での鈍感っぷりに定評がある俺に、そんな遠回しなおねだりで欲しいモノを分かれという方が無理だ。
絶対に、新堂が欲しくも何ともない微妙なプレゼントを選んで嫌な顔をされる自信がある。
「コラ! 待て新堂!」
「つか、急がなきゃマジでヤバいっすよ」
「馬鹿、まだ全然ヤバくねーよ。余裕だろ」
「新人のくせに遅刻なんてシャレにならねえっす。大島主任に殺される」
今の俺にとっては、目先の遅刻より新堂とのクリスマス。
本気でヤバくなったらタクシー出勤というテもある事だし。ここは何としてでも新堂の欲しがっている物を確実に聞き出して、クリスマスの予約にこぎつけなくては。
そう思った俺は、足早に先を行く後輩の背中に向かって大声で呼びかけた。
「待たねーなら今夜その可愛いケツに俺のを突っ込んでアンアン鳴かせるぞ!」
「げっ!」
さすがの新堂も、これなら足を止めるだろう。
そんな最終手段に出た瞬間。
廊下の一番端、階段手前の部屋のドアが開いて、中から学生君が顔を出した。
俺も空気の読めなさには定評があるが、まさかここで同じ階の住人が出てくるとは……。
多分、ケツに突っ込んで鳴かせる云々は完全に聞こえてしまっているであろうタイミング。
通勤途中に痴話喧嘩しているホモだと思われても、何の言い訳も出来ない最悪のシチュエーションだ。
「……」
「……」
「……」
今の発言に到った経緯をこの気の毒な学生君に説明すべきか、否か。
アパートの廊下に気まずい沈黙が漂った後で。
「し、失礼しました」
通学のために家を出ようとしていたはずの学生君は、強張った微妙な笑顔で静かに頭を下げ、ドアを閉めて部屋の中に戻ってしまい。
階段の手前には、学生君以上に強張った表情の新堂が何も言えないまま立ち尽くして、閉まったドアを呆然と見つめていたのだった。
○●○
「――って事があって以来、新堂が口もきいてくれないんですよ」
「それは完全にお前が悪い」
「やっぱり、俺っすか」
仕事帰りに立ち寄った居酒屋で。
心の先輩である大島さんに最近の新堂の冷たい仕打ちを聞いてもらおうとコトの発端を話したところ、新堂の上司でもある先輩はアッサリ俺を切り捨てて新堂の側に回ってしまった。
「ケツ掘るなんて、ちょっとしたお茶目なジョークじゃないっすか」
「お茶目なジョークでケツを掘られてたまるか」
確かに、同じ階の学生君にあの発言を聞かれてしまった事については俺が悪い。
それは認めるにしても、たったそれだけの事で隣部屋への出入り禁止を言い渡すなんて厳し過ぎはしないだろうか。
おかげで、クリスマスに欲しいモノの話もあれ以来出来ずじまいだ。
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