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「ふー! スッキリしたっス」
「よかったな」
「まさかトイレのドアがこんなに豪華だとは思わなくて見逃しちゃってたっスね! ありがとうございましたっ」

 間一髪でトイレに駆け込むことが出来た後で、俺は命の恩人に深々と頭を下げた。
 本当に、彼が通りかかって声をかけてくれていなかったら、今頃どうなっていたことか。人相が悪くて怖そうだなんて一瞬でも思ってしまった事が申し訳ない。

「こんな中途半端な時期に転入生の話も聞かないしな。お前、この棟の誰かの客か」

 その一言で、自分の住む家よりも豪華なトイレを使用した後の満足感に浸っていたところに、急に現実が押し寄せてきた。

「はっ! そういえばっ、応接室に人をお待たせしてるっス」

 きっと、主任も担当者さんも心配しているはず。
 でも、どうやって応接室に戻ればいいのか。

 救いを求めるような目で目の前の男を見つめると、眉間に皺を寄せた怖い顔のままでため息をついて、ミスター・男前が歩き始めた。

「こっちだ。ついて来い」
「ありがとうございますっ」

 やっぱり、見た目のワリにイイ人だ。
 長い足で颯爽と歩く後姿を必死で追いかけながら、そういえばこの人はこの学校に通う生徒さんなんだろうか、とか、そんな事をふと考えてしまった。

 高校生というには、若干老け過ぎ感が否めない。でも、職員という風でもないし。

「ほら、ついたぞ」
「えっ」
「じゃあな」

 悶々と考えながら歩いているうちに、いつの間にか応接室に戻って来られたらしい。

「あ、あの! 待って下さいっ」

 あっさり立ち去ろうとする男のシャツをギュムッと掴んで呼び止めると、さっき以上に眉間に皺の寄った怖い顔で振り向かれた。

「……シャツが伸びるんだが」
「す、すみません! えーと、本当にありがとうございました」
「礼ならいらん」

 礼はいらないと言われても、彼は見知らぬ土地でトイレにも行けず行き倒れになりかけていた俺を救ってくれた恩人なのだ。
 もう会うこともないだろうし、せめて何か御礼をしたい……と一瞬で色々考えた結果、たまたまポケットに入っていたある物の存在を思い出した俺は、迷う事無くソレを取り出してミスター・男前の手に握らせた。




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