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一体どれだけ広いんだろう、この建物は。
「もう……ダメっス……」
どうやら深刻な迷子になってしまったらしいこの状況と、トイレに行きたくて行きたくて堪らない気持ちとでその場にへたり込んで、じわっとこみ上げてきた涙を必死で堪えた。
「主任、心配してるかな」
いくら何でも帰りが遅い俺を心配してくれている仲山主任の顔を思い浮かべただけで、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
いつもいつも、迷惑ばっかりかけて、何の役にも立てなくて。
「しゅにん……最期にひと目、会いたかった……っス」
別れ際の一言が「トイレに行って来るっス!」だなんて、あまりにも切ない。
このまま行き倒れになってしまうかも……と思って、本格的に泣きたい気持ちになったその時。
「おい、どうした」
頭上から、少し低い声が降ってきた。
パッと顔を上げると、そこには不機嫌そうな顔で立つ、背の高い男が。
男前……といえる整った顔立ちをしているのに、眉間にクッキリ寄せられた皺と鋭い瞳が何だかとっても近寄り難い感じだ。というか、今はそんな事を気にしていられない。
「あ、あのっ!」
「こんな所で何をしている。……転入生か?」
どうやら俺を高校生と勘違いしているらしい彼にあれこれ説明する余裕もなく、手を伸ばしてシャツの端っこをしっかり掴み、必死の思いで言葉を搾り出した。
「トイレの場所が……知りたいっス!」
仏と呼ぶのはちょっと憚られる険しい人相。
それでも、一瞬目を大きくした後で「ついて来い」と廊下を歩き出した男の頼もしい背中を見て、地獄に仏とはまさにこのことだとしみじみ思ったのだった。
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