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まさか飛島さんの口から『恋』という言葉が出てくるとは。
「今日から新堂と二人で生きてく。女はもういい」
「イヤイヤ、そんな勝手に決められても迷惑ですし。ていうか飛島さん、恋なんてしてたんすか」
「何だその言い方」
「や、だって」
少なくとも俺が隣に越してきてから今まで、飛島さんに特定の相手はいなかったはずだ。
隣の部屋から聞こえる女の子の声は毎回違っていた。
こんな言い方をするとまるで最低男のような先輩だけど、それでも俺が知る限りで女絡みのトラブルを起こしていないのは、お互いに割り切って遊べる相手にしか手を出さないドライさと憎めないキャラが理由なのだとばかり思っていた。
その飛島さんが、恋。
「何つーか……飛島さんほど恋って言葉の似合わない男もいないっていうか」
「失礼な奴だな、お前! この恋愛の達人に向かって!」
「ちょ、苦し……っ」
鍛え上げられた屈強な腕は、じゃれあいにも容赦ない力をかけてくる。
苦しくて一瞬むせると、酔っ払いの先輩は、パッと拘束を解いて心配そうに背中をさすってきた。
「大丈夫か」
「苦しいっすよ」
「悪い。お茶、お茶」
さっきまであんなにグダグダのダメ人間だったのに、急にあたふたとグラスにお茶を注ぎ始めて。
しょんぼり反省中の顔が、ダメ犬みたいで何だか可愛い……と思っていたら、飛島さんは注いだお茶を何故か自分で飲み始めてしまった。
俺に飲ませてくれるんじゃなかったのか、ダメ犬め。
「――で、恋が何でしたっけ」
本当に、酔っ払いの相手は疲れる。
やっと逞しい腕から抜け出せた俺は、胡座をかいたまま飛島さんと向き合って話題を元に戻した。
「んー、最近どんなイイ女見てもその気にならねーっつーかさ」
「はい?」
同じように胡座をかいた先輩が、ツンツンに立てた短い前髪を弄りながら言いにくそうに言葉を続ける。
「多少の個体差はあっても結局はムラムラして勃ったらヤるっていう繰り返しだろ。そういうの、疲れてきたんだよな」
「……飛島さん……」
何という最低男発言。
同じ男の立場で聞いても、これは酷い。
「アンタ今すぐチンコ掻っ捌いて全世界の女性に謝った方がいいっすよ」
「やだよ。そんな痛い事」
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