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そう、モテない訳ではないのだ。
飛島さんほどではないにしろ背は平均より高い方だし、睫毛が若干長いのが自分では気になっているけど、目鼻立ちのハッキリしたこの顔は女性受けも悪くない。
誘われるままに何度か参加した飛島さん主催の合コン『異業種交流会』でだって、かなりいい雰囲気になった子はいた。
ただ、今は新しい生活と仕事に慣れるのに精一杯で、女の子とどうこうするために費やす金とエネルギーがないだけ。
「俺はちゃんとお前のこと、好きだからなっ」
「へーへー、どうでもいいからすき焼き食っちまいましょう。せっかくの和牛が勿体ない」
勝手に俺をモテない男認定して慰めるようにギュッと抱きついてくる先輩を軽くあしらい、黙々と鍋をつつく。
かなり鬱陶しいけど、一度この状態になってしまったらあとはもう酔いつぶれて寝るのを待つしかない。
「俺の胸で泣いていいぞ、新堂!」
「イヤですよ、そんな暑苦しい胸板」
「春菊やるから元気出せ!」
「いらないっす。てか、ちゃんと自分で食わなきゃダメでしょ」
本当に、手のかかる先輩だ。
家事全般が苦手で自炊も全く出来ないうえに、食べ物の好き嫌いが激しくて。
俺が隣に越してくるまで一体どんな生活をしていたんだか。
「飛島さん、離してくれませんか」
「やだ」
後ろから回された逞しい腕は、多少の抵抗ではびくともしない。
甘えるように首筋にぴったり鼻先を押し付けられて、不覚にも可愛いと思ってしまった自分が信じられなくてブルブルと首を横に振った。
酔っ払ったときの飛島さんは、甘えん坊の大型犬に似ている。
「この状況、かなりホモっぽいですよ」
ため息をついて、身体を抱きしめる腕を軽く叩いたが、飛島さんは俺を離す気はないらしかった。
二人で鍋をつついているうちに酒が回って、ガタイのイイ男が後ろからもう片方の男に抱きついているシチュエーション。
誰がどう見てもソレっぽい。
「別にホモでもいいよ俺。新堂好きだし」
「俺はイヤなんですけど」
「片思いかよ! ちっくしょー」
鍋に残った最後の一枚の肉をすくい上げて、コンロの火を止めた。
残りの材料は冷蔵庫に入れておいて、明日の朝、卵とじ丼にでもすればいいだろう。
問題は、すっかり甘えん坊のダメ犬になってしまったこの先輩の方だ。
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